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演劇三昧~今までみた演劇の記録&リンク集~


2010年に観た芝居・買ったチケット


2009年に観た芝居・買ったチケット


2011年に観た芝居・買ったチケット


1月10日 ACTシアター
「時計じかけのオレンジ」

せっかちなスタンリー・キューブリック、次々と改訂を重ねる安部公房・つかこうへい。芝居とはかくあるべきなのであろうが、映画化とはいかなるものなのだろうか。
なるほど、これはなかなかの名作だった。終わって12時間ほど不満たらたらであったのだけど、映画「時計じかけのオレンジ」との違い、原作者の思い、河原雅彦の舞台演出と構成・・・見ておいてよかった。まさに現代人が見ておくべきSFと言えよう。もっとも、このACTシアターはどうなのか。できることならもう見に行くのはやめておきたい。

スタンリーキューブリックは過去に、「2001年宇宙の旅」の行き先を「木星」にしてしまった。
実際、アーサーCクラークが小説化するときに木星から土星に行き先を変えてしまったのか、映像技術上土星の輪を作るのが難しかったからなのか、FM東京でやっていた「音の本棚」の2001年宇宙の旅の「土星行き」はとても怖く・魅力的なラジオドラマだった。
「時計じかけのオレンジ」でなぜ21章の最後をカットしたまま映像化したのか。

「地獄の黙示録」では派手な爆破シーンをプロデューサーの指示で追加して、大事なフランス現地人との食事シーンをカットしていたコッポラ。

ストラビンスキーはカタルシスがないと火の鳥感が弱まるってことで、フィナーレを泣く泣く挿入した。ブーレーズ版ではオリジナルのそっと終わるバージョンがあるけど、もはやそれを演奏する人はいない。

ワーグナーはタンホイザーの冒頭にバレエの踊りを入れた。パリオペラ座ではスケベ貴族がバレエの踊り子を見にオペラに来ていたから、そのシーンを入れないとオペラの客入りが悪かったという事情があったから。初日前には、ワーグナーは「やっぱやだ、やらない、家帰る」とだだこねたけど、もはやそんなことは関係なしに、バレエ入り版が上演されることが多い。

ブルックナーの場合には、シンフォニー書いてから、演奏会の段階ですでに指揮者なんかに切り刻まれ、その後の演奏でも勝手にいじくり回され、そのあげくに、自分でも改訂版を作ってしまっていた。今、上演されているものも、ノヴァーク版、原典版に近いと言われているハース版も実はずいぶんと改ざんがあるらしいなどなど、もはや、何が本当の曲なのかわかっていない。

この世に真実は一つではないということを教えてくれた初めての作品は安部公房の「空飛ぶ男」だった。高校の教科書に載っていたんだけど、バージョンが違うものがあった。なんで違うってわかったかっていうと、エンディングが違った。決定的に違った。内容が変わってしまうほど違った。
もっとも、空飛ぶ男は、安部公房の遺作である「飛ぶ男」のためのエッセイとして作られたものだったようなんだけど。

話は戻って、
「幕が上がって3分で観客を世界に引き込まないといけない」
というようなことを蜷川幸雄が言っていたそうだけど、
今回の「時計じかけのオレンジ」はそうではなかった。
(蜷川幸雄の芝居がそうなのかどうかは置いておいて)
妻は、橋本さとしが登場するまで完全に芝居にのれないでいたようだった。

1月15日
「ろくでなし啄木」
東京芸術劇場

土曜日18:00東京芸術劇場
仕事のトラブルで金曜日夜から土曜日昼過ぎまで寝ていない・・・。
果たして最後まで見ることができるのであろうか?
蜷川幸雄は3分間でその世界に取り込んでくれる演出家らしいけど、三谷幸喜はどこまでその気にさせてくれるのか・・・

開演10分くらいに
三谷幸喜と野田秀樹による「観劇のお願い」の漫才がある。この手のお願いで秀逸なのは「本谷有希子」の「原稿読みで噛んだあとのチッ」ってのがあったけど、東京セレソンDXの役者2人による寸劇を思い出させる。
野田秀樹って方はすごいんだろうけど、なんか、私にとっては遠いところの人だ。このおばさんチックな突っ込みにはちょっとうれしくなってしまった。思わず観劇時にエビ反って見てやろうかと思ってしまった。

舞台は「すーっと」始まる。
あっという間に三谷ワールドに吸い込まれた。
前半はあっという間に話しは展開していく。

舞台のセットのあの抽象的かつ充実した作りにかなりの感動。
勝手にイギリスチックなと言うことにさせてもらう。
(初めてみたのは「春琴」からかもしれない。ちょくちょくこの作りは見るけど、こってりカキワリと大道具が陳列しているのと違って役者に視線は集中するのは確か)

勘太郎が「聞きたいといったのはあなたですよ」と言って休憩に突入。その身の毛もよだつ台詞回しに第1部で満足。

第2部では、まるで、古畑任三郎ですか?というような、いや、それとは多分違うんでしょう(実は古畑・・・は3回くらいしか見ていないので)中村勘太郎という身体能力・芸達者にひたすら感動・抱腹絶倒な時間が過ぎる。

最後の一節は、とても大事なところだけれど、
果たして
これが「ろくでなし」たることか、
脚本がだれたのか、
役者の問題か、
それまでの満足過多に対する利子を払っていることか?

吹石一恵がとても綺麗に見えた(2階2列目なんでそんな表情は見えないけど、仕草と声がとてもよかった)。
中村勘太郎も最後まですごかった。はじめは大倉孝二でも、相島一之(年齢がきついが)でもできるんでは?と思ったが、彼をおいて出来る人はいない。
藤原竜也はやっぱり、いろいろな演出家に惚れ込まれるだけのことがある役者だと思う。今回は2人がすごかった分なのか、台本がそうなのか、ろくでなしと言い切るよりはちょっと不足している何かがある感じ。

藤原道山の尺八がBGMとなっていた。
雨が劇場で降るというのは最近のはやりだと思う。
藤原道山というと、サイモン・マクバーニーの春琴がまっさきに思い浮かんでしまう。それで「イギリスチック」な舞台って勝手に思ったことがわかった。

雨が降るというと、
猫のホテルの「イメチェン―服従は我にあり」
ケラリーノサンドロビッチの「黴菌」
倉持裕の芝居でもあった気がする
劇団新感線の「朧の森に住む鬼」
あたりだったと思う。

先週見た「時計じかけのオレンジ」は段々いろいろなものが見えてきたけど、こっちは見た直後をピークに少しずつ思い出が薄れるそんな芝居。

今年は三谷幸喜作品を5つもみないといけないと思うとちょっと憂鬱。
このような機会を作ってくれたNHKに感謝である。

※NHKは
三谷幸喜に新撰組という大河ドラマを作る機会を与えてくれた。
勝海舟の歴史観をひっくり返すすごい演技をしたのは野田秀樹。
野田秀樹しかいないと思った三谷幸喜はやっぱり天才だと思う。
東京芸術劇場の芸術監督に野田秀樹が就任してこのプログラム。
この機会は新撰組がはじまりなワケである。

1月21日
シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.3
ミナモザ『エモーショナルレイバー』
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/01/post_211.html
[作・演出] 瀬戸山美咲
[出演] 宮川珈琲/井上カオリ(椿組)/中田顕史郎/印宮伸二(劇団神馬)/ハマカワフミエ/林 剛央(本田ライダーズ)/坂本健一/小西耕一/柳沼大地/斉藤淳シアタートラムが小劇場なのかどうかは分からないのだけど、このシアタートラムは私の中では吉祥寺シアターと並んで好きな劇場。椅子はちょっと痛いけど見やすい。
CoRich舞台芸術でチケット手配をして、19:30目指して三軒茶屋へ。
このミナモザやるなぁと思ったのは、開場時間に私宛に、メールが・・・。道順案内を、受付混むから早めにねとのメッセージが。。目をつぶっちゃいけないけど、シアターモリエールとシアターサンモール。レッドシアターは赤坂、グリーンシアターは池袋程度の区別はつくような人しか多分このチケットシステムとか、シアタートラムに行く人はいないんとちゃうか?等とおもっていたけど、行って分かった。
劇場行くと大体、私くらいの年齢の人は明らかに劇団筋の人みたいな人しかいない。私は一般人なんで「なんだこいつ」みたいにじろりとガン付けられる気がすることがある(もちろん、気のせい、自信過剰なんですがね)。
受付はなんか、がらんとしていたけど、この劇場自体、1000人とか入ることないからそんな忙しいわけはない。制作の方々は慣れているようで、セレソンとかとは手際が違うようだ。
客席には案外幅広い年齢層の方がいた。結構高齢の方が目についた。こんな会場の雰囲気は初めての経験。
小劇場ってのは段々芝居が始まるってのはよくなる手法なのかもしれない。

芝居は、私は「泣ける」「謎が解ける」「動物的感情むき出しではなく、人間としての感情の吐露がある」ってのを求めるので、今回の芝居は私にはあまり合わなかったようだ。その中でも「ハマカワフミエ」の演技は救いがあって、抜群の演技力に惚れ惚れした。
なるほど、野田秀樹が演劇を変えたとか、つかこうへい以前、以後というようなことを言う方々が何をいいたいのか段々わかってきた。
そこでフと気になったのは、
劇団本谷有希子はどうなんだろうか?初めて見た本谷作品は、
永作博美主演の「幸せ最高ありがとうマジで!」
二度と見るか!?と思ったような気もしたんだけど、
コミックモーニングのコラムを読むようになって(実際、モーニングはこの本谷有希子のコラムを読むために買っているようなもの。漫画はあまり見ていない。ちなみに、漫画は週4冊くらいは買っている)なるほど、と、なり、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」で開眼、以来、はまってしまったけど、なるほど、両者の違いは主役が変わるところのある、ないだろうか?感情のむき出しということではなく、個性が出ている。という感じがして、なんか、今回の芝居との違いを感じた。

あと、芝居で台詞の有無、役者の身体表現、比べちゃいけないんだろうけど、魅せる振る舞いのできる役者、「間」がもつ役者、ってのがあるんだなぁということ。
パリのオペラ座でやるオペラの最初にはバレエがついていたけど、その究極の身体表現をみたくて、劇場にスケベオヤジが足を運んで興業が成り立っていた(実際はそれでは興業は成り立っていないけど)。
いのうえ歌舞伎は歌舞伎的技法を使って退屈させないものを作っている。別にそんなおおがかりなものでなくても、落語は座布団、扇子、手ぬぐいで世界を作り上げている。

今になってみると充分にコストパフォーマンスの良い作品であることは確かなんだけど(2500円だし)、消化するのに一晩かかるそんな感じだった。

そんな中で、やっぱり「エンジェル」という名の通りエンジェルの存在は、見ていて痛い感じに救いをもたらしてくれ、中田顕史郎という役者が、関係者なのに、当事者ではないという不思議な距離感、まさに客席と舞台の関係をそのまま舞台上に持ち込んだような、それを表す「演技力」にとても気になった。

1月22日
「僕を愛ちて」劇団鹿殺し
本多劇場

「劇団鹿殺し」は百千万(再演)以来気になってついつい行っている。
その初めての舞台は「駅前劇場」だった。
劇団のホームページを見ると2008年1月だったようだ。
http://shika564.com/wordpress/?cat=12&paged=2

チラシにあった、水野美紀が古田新太から聞いた「鹿殺し熱いぜ」ということばに釣られて見に行った。そんな劇団が、ついに本多劇場初登場。客席に入るやいなや、実はじーんとなってしまった。
今日の舞台も随所で涙が出てくる。OCNの水野美紀のエッセイによると「芝居固有の感動の涙」だってことだそうだけど、確かにいろいろな思いが涙を誘う。

河原雅彦的な、楽団が舞台上方にいるとか、粟根まことが新感線チックな大立ち回りをするわ、廣川三憲の思った以上にじーんとくる歌、相変わらずの抜群の身体能力の谷山知宏、そして、団員の100%の演技に、やっぱり涙があふれてしまった。

何がうれしいかっていうと、物語は暗い。暗い。けど、かならずこの劇団の結末には「救い」がある。今回の救いは・・・。なるほど、それかぁ。とちょっと笑ってしまったけど、それはそれでいい。
はるさんは、最後のワイヤーアクションを・・・と書いていたけど、この劇団、吊りは好きですから、以前は多分、4人くらいで一生懸命釣っていたと思いますから、安心して見ていられてよかった・・・そういうことだと思います。そして、やっぱり、あそこはあの演出は「鹿殺しとして満足」な演出なんだと思いました。

ただ、やっぱり、初めての箱だからというより、初めてのあの規模の劇場なんでしょうか?客席に役者さんが出張ってくるのは「あり」なんですが、他の劇団が「客席パフォーマンス」やるのは、舞台転換の目くらましのためなんで、その必要のない鹿殺しの場合はあまり客席パフォーマンスは要らないのではないか?もしくは、客席パフォーマンスやるのなら、舞台はその間に大きな転換をして欲しい。そんなことを感じましたが、どうなんでしょう。

そろそろ、豪華8ページ1色刷りプログラムから、販売型プログラムへの昇華も期待したいです。

そして、生演奏はやっぱりいいですねぇ。心がこもっています。巧い下手とかいい音かどうかは二の次でOKだと思いました。

いずれにしても、初めての本多劇場上がりを目の当たりにできた感動の1日となりました。次回作も期待しております。

1月23日
永野宗典不条理劇場
リトルモア地下

いやぁ、予想以上に良かった。
ヨーロッパ企画とは縁遠い芝居であるような、延長上にあるかのような、なかなか言葉にするのが難しいものがある。
ヨーロッパ企画の団員とやらなかったことは正解だし、観客の多くはこれは不条理じゃないんじゃないか?という疑問があったことは確かで、ただ、永野宗典は冒頭で「不条理劇」をやるとは言っていなくて、「不条理」な話を芝居としてやる。虚業である芝居を不条理というもので取り組もうという考えを述べていた。案外、京都では東京の観客とは違う評価を下したのではないか?などと不安を感じた。
世界劇場問答
こういう熱い芝居を年に2回くらいやってもらいたい。
期待大です。
出演者の
加藤啓(拙者ムニエル/モッカモッカ)
池浦さだ夢(男肉 du Soleil)
も良かった。是非、次回も同じメンバーで。
しかし、開演20分で暗転・アフタートークへ突入したときには流石に驚いた。
おまけトークでは
永野宗典が「先生」と化してセミナー状態となっていたが、なかなか興味深いものが多かった。
不条理を脱却するにはどうしたらいいのか。
wilipediaによると・・・
キルケゴールとカミュはその不条理からの脱却を本で説いているそうな。
その方法とは、(1)自殺、(2)盲進、(3)不条理を受け入れる。
おまけトークの冒頭の質問はまさにナンセンスなわけで、観客がまさにその結末を受け入れているあたりになんともやるせない思いがした。

1月29日
「断食」
座・高円寺1

今年最高傑作か?
ちらしをみてつい買ってしまった。
http://blog.livedoor.jp/onigiri2011/
始まるまでは「コメディ」だと思い込んでいた。

実は初めての「座・高円寺」その前はバスでよく通るのだけれど、なかなか入る機会がなかった。高円寺駅から「座・高円寺」に向かっていると、私の横を大声で会話をしている女子高生がチケットを握りしめて通り過ぎていく。座・高円寺には2つのシアターがあるようで、下では「南総里見八犬伝」をやっているようだ。

安部公房か?と思わせる物語の始まり・・・そして、結末は不条理劇の定番ではあるけれど、そこにあるものは、豊穣の海を思わせるやりとりが出てくる。
今年一番の芝居になるかもしれない・・・。

いのうえひでのり
小さい箱でも見事な演出。
青木豪
いい脚本だったと思う。
市川しんぺー
猫のホテルでやっていた役と相まって今日はいい感じ。芝居の不気味さがこの人でぐぐぐと盛り上がった。
池谷のぶえ
黴菌にも出ていた。なるほどなぁ。すごいなぁ。言葉にならないんだけど、良かった。
村木仁
新感線の人ってのを終わってから知った。なるほど、意外な軽い身のこなしはそういうことか。
次回も楽しみだ。

ちょうど、鋼鉄番長を見た直後の感想は・・・
「大きい芝居ばっかりやっているんじゃないよ」もう少し芝居に真摯に向かい合った方がいいんじゃないか?みたいな悪口を言いたくなったところに入っていたチラシが「おにぎり」でした。
で、そんなこと書いてありました。
小さい箱できないんちゃうの。って言われそうなんでやります。
みたいに(笑)

1月30日
「金閣寺」
神奈川芸術劇場

岡田あがささんに無理いって2枚都合してもらって見ました。
初めての劇場はドキドキわくわくが募って楽しい。
劇場関係者の緊張感も伝わってくる。

3時間におよぶ大舞台。
なんか、シアターコクーンのような、グローブ座のような。
ともあれ、これはすばらしい。

山川冬樹が結構重要な役どころをさささとこなしていて、ホーメイもすばらしかった。そして、大駱駝艦をこのような感じでというのも、見事。最後の出番のために時間稼ぎをしているのか?というところもあったけど、そんなことはどうでもよくて、言いたいこと、書きたいことはたくさんあるけど、ちょっと日にちをあけてから記録にとどめておこうと思う。

今年一番の照明・舞台セットであることは今のところ間違いない。

実際、いくつか気になったところは、
舞台の変化には感動すら覚える。そして、お金はそれなりにかかっているのだろうけど、簡素な大道具で舞台を構成する様はとてもよかった。
後半になって、その簡素ではあるけれど凝った舞台装置をどんどん解体していく様にはさらに驚きとともに、感動を覚えた。
解体というと、
「幕末太陽傳」と「天保12年のシェイクスピア」というようなものを思い出すが、それに匹敵する驚きを用意してくれたことに感謝である。
不思議なことは、
後半になって、テンポがゆっくりになったこと、なんか、シーンが足りない気がするが、それは気にしないでおいたほうがいいのか?
無駄に鬼ごっこをやっているが、確かにあれがないと大駱駝艦のみなさんの変身が間に合わないだろうし、このシーンは入れたくないということもあるんだろうか・・・いろいろ勘ぐってしまった。
舞台挨拶に、なんで森田剛は、最後まで舞台に残って一礼しなかったんだろうか、謎だ。
今回の舞台においてはその権利があったと思うけれど。
あと、
観客はジャニーズファンの方であふれていたようだった。
へぇ。と思った。

舞台の照明はよかったんだけど、
雨のシーンで雨を降らせられない舞台・・・。やってほしかった。

冒頭のあの暗いシーンで途中入場の観客は・・・勘弁してほしい。
「演出効果を妨げること間違いないので」おやめください。>劇場の方へ。

そうそう、この劇場、横浜に作ってやっていけるんだろうか?
という心配があった。
こういう芝居を続けるのなら心配ないんでしょう。
NHKと同じ建物みたいで、それも心配ないんでしょう。
東京から動員を続ける芝居をやり続けるんでしょう。
今後の展開に期待大である。

2月5日
「浮標」
吉祥寺シアター
浮標―ブイ―
http://葛河思潮社.jp/


いやはやすごい芝居だ。
ショックなことに、この脚本は「文学界」1940(昭和15)年6、7月号に発表されたもので、築地小劇場で終戦間際まで上演されていたようだ。その芝居がKAAT神奈川芸術劇場のこけら落とし公演として上演され、吉祥寺シアターにも登場した。

実は、長塚圭史のイギリス帰りの芝居「アンチクロックワイズ・ワンダーランド」を見て、しばらく見まいと思っていたが、ついつい気になって買った。

一番の発見は
藤谷美紀が綺麗だったこと。舞台であれだけ綺麗に見えた人は初めてだ。
(もちろん、それは照明、台詞、そして、役者の生き様があいまっておりなす奇跡だと思っている)
水野・真矢・山崎・・・みきなる役者はすごい。

田中哲司もすごかった。
あんな4時間もの芝居を1日2回やるとは・・・。

ともあれ、長塚圭史やはりあなどれない役者である。

しかし、この脚本が昭和15年・・・やっぱりすごい。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001311/card49776.html

気になったのは
どうして、役者は舞台上手・下手に並んでいるのか?
しかも全員が並んでいるとは限らない。

帰宅の心配をしてどうやら、終演後の帰宅について相談にのる受付というのも初めて。
(吉祥寺シアターは出るのに手間取るからその辺の配慮をしたらしい)


2月6日
「笑うまねきネコ」劇団IOH
下北沢シアター711
笑うマネキ猫
http://www.iohproduce.com/neko/


いやはや、
セレソン以来の「泣ける」芝居。
???という展開も多々あったけど、やっぱり必要なシーンばかり。

砧本村に行きたくなった。

この芝居は「den」のご主人が紹介してくださった。denのご主人の妹さんの旦那さんが役者さんってことで、実はこの舞台に出ていた。
なかなか重要な役をやっていた、登場人物で唯一他人というか、よそ者である、憎めない役どころ。

2月18日(金)
東京芸術劇場
NODAMAP第16回公演「南へ」

http://www.nodamap.com/productions/toSouth/#
いやはや、すごかった。

舞台は突然始まった。この始まり方は、開演前にだらだらと舞台上にリハーサル開始待ちのようにいる「金閣寺」「コースト・オブ・ユートピア」なんかより緊張感が高まっていい。開演直前までグダグダ喋っている人は困るだろうけど、基本的に開演10分前から「静粛に待つべし」と考えている私の波長と合う。
「べし」でいうと、「帽子」はとって欲しい。部屋の中で帽子かぶったままってのは許し難い(行儀悪い)。ズラも取れとは言わないから、帽子はお願いだからとってね。
てな感じで緊張感が一気に高まって始まったこの芝居。
・・・
途中眠かったです。
バリエーションのある「たら」と「れば」
現代と過去と山頂と麓の行き来がちょっと「面倒」というかくどい。
(これほどの才能ある作家なんだからもう少しうまく表現できたろうに。
 でも混乱なく見せられるのは流石)
・・・
刮目するシーンがあった。
・・・
舞台に下手側客席通路から突進する人が。
妻夫木君の前に客席からダイブしていた。
上手側通路から送れること3秒・・・
やはり突進する人がいた。
その人はそのダイブした人をひっぺがして、
そのまま外に連れ出していた。
舞台進行とは違うようなので、ハプニングなのかと思うけど。
・・・
嘘とは
自分の証明とは
やんごとなき方のためにとは
そのやんごとなき方を騙る詐欺はもっとも敬意を払っている
オオカミ少年は真実を語るのか
9回裏の攻撃に熱くなる心とは
北から南へとは
・・・
で、実はこの人テーマにしていたのは、そっちか。
・・・
北朝鮮と日本の関係
日本が天皇のためとして戦った戦争について
そこにある「自分の証明」とは何なのか。
なるほど、一晩たつとまたいくつか見えてきた。

私は気がつかなかったんだけど、野田秀樹は左足を悪くしている?、私は気になったんだけど、蒼井優の声が聞きづらかった。

「影武者」もしくは「お毒味」ならぬ「のりしろ」
なるほど・・・。
プログラムの安いことは東京芸術劇場のすばらしい点だ。
対談がとくに読み応えある。いいなぁ。
と、やっぱりプログラムに重要なことが6つばかり書いてある。

多分、私は野田秀樹信者にはなれなさそうだ。


2月19日(土)
前進座劇場
真心一座 身も心も ザ・ファイナル
「流れ姉妹 たつことかつこ~エンド・オブ・バイオレンス」
http://mimokoko.net/


前進座劇場で見るとこれまた格別な勢いがある。
NODA MAPの翌日に見るとこれまたある意味ショッキングな。

伊達暁
政岡泰志
みたいな中堅役者がああいう端役・一人何役もこなす様はなかなか心地いい。
更に、池田成志も、アキレス腱がだいぶくっついたみたいで、その透き通った声にも感心。

前進座の帰りには不思議な食堂で一杯して帰る。


3月5日
ル テアトル銀座
キャラメルボックス2011スプリングツアー
「夏への扉」


初日に初キャラメル。すごいなぁと感心したのは、開場時間は1時間前。いつもそうなのだろうか・・・。
ついつい1時間前に着いてしまった。
原作は、ロバート・A. ハインライン「夏への扉」 これを読んでいるのか読んでいないのか・・・。
そんなにSF好きではなかったはずだけど、タイトルと作者の名前と結末は途中でわかった。
開演前に気がついたことが3つばかり。
その1.会場には音楽が延々と。イメージを高めるそんな感じ。
その2.来場者はなんか独特なファン層という感じ。今までのどの劇団よりも客席になんか熱が感じられた。
その3.開演前にスクリーンが降りてきて映画みたいな予告編と開演前のお願いが・・・。
その3はお金がある劇団かつ、年に何本も上演している劇団だからこそなんだと思うけれど、開演へ向けた高揚感をわざわざ会場BGMで作り出しているものが台無しになってしまう。そのジレンマを制作サイドはどう思っているのだろう。
ところで、観劇記念プログラムはなくて、写真集みたいなものが発売ということで、そちらは買わなかった。プログラムはなんと2色刷り8ページという豪華版だったこれはなかなか素晴らしい。
そのプログラムによるとこの「夏の扉」は初の舞台化。DVD化の権利はとれなかったようで、劇場で見るしかないようだ。調べてみると映画もないようだ。
舞台はいい作りで、役者さんもがんばっていた。でも、劇場がちょっと大きいのか、役者の声がところどころ聞きづらかったとか、舞台一杯に使ったシーンってのは案外なくて、小劇場とかでやったらよかったにになぁ。なんてのは贅沢な話であろう。やっぱり、一番驚いたのは「猫」の役である。これはうまいこと機能していたと思う。

劇場にはこりっち舞台芸術の手塚さんも来ていて、終わって少しご挨拶を。
ロビーには大学の先輩(原先輩)に似ている人がいたけど、人違いかもしれないと声をかけられずそのまま「権八」になだれこんだ。
料理がなかなか出てこないことで長居をした。
お店に行ったのは4年ぶりか・・・思い出したことは、ボストン美術館の展示スペースの作り方だった。

キャラメルボックス初日特典は
なんと、
チケットの半券で当日券半額
3月27日までの大判振る舞い。
こいつはすごい。

実は、初日・初演だと思っていったんだけど、大阪公演を終えての凱旋だった・・・。なんかぎこちない感じがしたんだけど、そういう芝居だったんだ。どこの劇団もこれだけ大きくなると初めての人と常連の笑いどころってのが違うワケで、そのズレってのは初めてのひとにとっては「試金石」「苦行」なんかだったりする。そんなズレを緩衝させる役者ってのが、大倉孝二とか橋本じゅんとかなんだろうなぁとなんとなくわかってきた。そういう役者がいる劇団は常連の多い店から脱出できるのではないかと思ったりした。


4月2日
グローブ座
「芝浦ブラウザー」

夏への扉以来の舞台。プロペラ犬ひみつ集会が延期になったとはいえ、これだけ間があくことはここ3年くらいで珍しい現象だ。
買わないでいたのは正解だ。
(「南へ」「国民の映画」のチケットは買ってしまっていたのを他人に譲ったということもあるが、どちらも別の回を買っている)

昭和島ウォーカーでイノッチと共演して以来のヨーロッパ企画のコラボ企画第二弾。
「芝浦ブラウザー」
http://www.parco-play.com/web/play/shibaura/
今回はずいぶんとそうそうたる客演があるが、そんなことはおかまいなしに、やはりジャニーズの方々が集っているような感じ。男はかなり肩身が狭い感じで開演を待った。

3.11以後にこんな芝居を見ている場合か?という思いが正直後半まで続いてしまった。会場では細かい笑いをちゃんと拾って、いい感じで盛り上がっていることを批判するつもりも、芝居が悪いという思いもないんだけど、なんか私の中ではついていけない感がつきまとった。
で、結末には「ほろり」ときた。
いや、この芝居には3段オチがあって、私にとってはその初めの結末で十分満足で、次のエピローグはそれなりに満足を高めてくれて、そして、最後の結末は芝居としてはこれで終わらねばならないんだろうけど、私としてはそこまで言わなくてもよかった。けど、いい終わり方だった。

諏訪・中川といういつもの御仁がいないのがとても残念だったけど、
芦名星がとても綺麗だったこと、市川しんぺーが好演だったことがとてもうれしかった。伊達暁も楽そうに演じていたけどかなりいい役もらっていた。音尾琢真もなかなかいい感じで芝居を盛り上げていた。
とにかく、芦名星がよかった。これにつきる。そして、私がこの芝居をいいなと思ったのはやっぱりこの芦名星のシーンでなのだった。この前向きだかなんだかわからないあの姿勢にちょっと涙でてしまう。
こんないい芝居を作る機会を作ってくれたジャニーズとイノッチに感謝である。また2年後にぜひやってほしい。
3.11以後に見る価値のある芝居であることは間違いない。ぜひ。


4月16日
本多劇場
「桃天紅」

本多劇場で「桃天紅」を観た
http://toh-ten-koh.laff.jp/blog/

これだけばかげた芝居はなかなか観られるものではない。
役者全員が持っている力を出し切っている感。
脚本の脱力感と17年前の崩壊感を予想しながら堪能した。

【作】中島らも
【脚色】中島さなえ
【演出】山内圭哉
【出演】
山内圭哉
→Piperではちょっと輪の外にいるようなキャラだけど、パンク侍も・東天紅もいい役かっさらいながら周りへの気遣いが◎
兼崎健太郎
→初めて見た。好青年。
黒川芽以
→シダの群れ以来2回目。いいヒロインだったと思う。
中山祐一朗
→案外、こういう役が巧い。何回か見た阿佐ヶ谷スパイダースのメンバーだとちょっと違う感じだったけど、斉藤幸子以来、10歳若い粟根まことも夢じゃないと思う。
コング桑田
→初めて見た。適役だなぁと。
松村武
→初めて見た。奈良県出身ならいい人だと思う。
川下大洋
→Piperメンバーってのは知っていたが、そとばこまち出身というのをプログラムで知る。つまり、京都大学(理学部)出身。
福田転球
→大阪の最終兵器と言われ続けて10年とかいうのをどこかで言っていた(一昨年のプロペラ犬だったかもしれない)。今回もまぁ、いい役もらって。
平田敦子
→存在だけで「場」を変えることができる「怪優」とはこのことだろう。
JUN

椿鬼奴
→適役だと思う。
シューレスジョー

おかっぺ→ぼくもとさきこ
→存在の違和感は随一だと思う。当日まで出ているのを知らなかった。基本、舞台は女優で決めるが、なんかうれしかった。
松尾貴史
→この方は「役者」なんだと思い知らされたような、演技してなかったじゃんと思うやら。それも含めて松尾貴史なんだと思う。

ちくわを3本いただいてしまった。


4月16日(日)
新国立劇場小ホール
ゴドーを待ちながら


ゴドーを待ちながら
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000326_play.html
何で買ったかというと、永野宗典不条理劇場をついつい見に行った後に、たまたまチラシが入っていたから。
いわゆる「演劇史」とか「演劇論」などに興味あるかというと、まだまだそういうレベルではなくて、楽しいかどうか、綺麗な女優が出ているかどうかということに関心があるわけで。
実施、新国立劇場は「大宮エリー」の芝居を見て「空調音」が気になったことと「照明」が綺麗じゃなくてがっかりして以来、小ホールは足が遠のいていた。

不条理劇=ベケット
という話は知ってはいた。
いつだったか、シティボーイズの「きたろう」さんが「ゴドーは待たれながら」という芝居をやっていたのは覚えているんだけど実際その頃には芝居は見ていない。

3時間50分におよぶ長い芝居。
石倉三郎
橋爪功
はみごとなまでにこの暇つぶしを演じてくれる。

前半は正直退屈。
会場にはそこはかと「喜劇」としてとらえて笑いが出るが、やっぱり私には笑いのツボは違うみたいだ。
後半も同様にダラダラと進む。
「人生死ぬまでの暇つぶし」ということを(同僚でもある)お茶の先生がよく言っていたが、まさにそんな感じをうまく表現していた。

今、小津安二郎映画を再評価しようという(勝手)事業に取り組んでいる中でまさに「繰り返しとズレ」におもしろみを人間は感じるということがわかってきていて小津の映画でもその技法は多様している。しかし、このベケットの芝居にはまさにそのまんまなわけで、慧眼とでもいうか。いろいろなものが見えてきた。
そして、終盤に向かうにつれて、あれ?これは・・・。そう、唯識の話ですか?というような話なわけである。「豊穣の海」を思い出した。もちろん、このベケットの方が前なんで、三島由紀夫が影響を受けたのかもしれない。

wikipediaによる結末と今回の舞台の結末は、ちょっと受け取り方が違うのかもしれない。機会があったら別の演出の舞台も見てみたい。

岩松了が見に来ていたが、プログラムに寄稿していたのでなるほど。
ともあれ、プログラムにもあったけど、今だからこそ、この戯曲は上演される価値があるものだと思う。



4月23日(土)
神奈川芸術劇場
国民の映画


三谷幸喜の芝居の感動というと、「コンフィダント」を思い出す。実はこの芝居は見たさ余って大阪まで行った。
三谷幸喜の存在を知ったのは「12人の優しい日本人」の映画を見たとき。
その12人の優しい日本人のおどろいたことは、日本的だとも言えるけど、オリジナルは「12人の怒れる男」。特徴は「密室劇」「実時間」ってことだった。三谷幸喜は「密室劇しか書けない作家」という伝説もあった。

今回の国民の映画は予想以上に素晴らしい作品だった。
3.11前、3.11後では価値観が変わってしまって、芝居を見ている場合なのか?今やるべき芝居なのか?という思いが観劇につきものとなってしまった。
今回のこの作品は、震災前から今日まで変わることなく上演できる「秀作」であることは間違いない。
実際、ナチスドイツのやったこと、登場人物のエピソードを知っているのと知らないのとでは全然違うのだとは思うけど、

ゲッベルスがゲーリングに
「わたしたちは藝術を愛する資格はあるのか」
と問い
「私たちには藝術を愛する資格はある」といいつつ「しかし、藝術は私たちを愛してくれはしないだろう」
ということを言っていたのが印象的であった。


今年最高の演劇かもしれない。
(正直、舞台という中でこれほど壮大な問題を扱えることに感動した)
主役であっても不思議じゃない役者がこれでもかといる贅沢さ。
そして、主役は意外な人だったこの衝撃は大きい。
そして、その衝撃には大満足だった。


4月24日(日)
下北沢 シェルター
プロペラ犬ひみつ集会EXTRA
ゲスト:冠徹弥・菜月チョビ

3月の予定だったものが今日に順延となった。
この延期によって、国民の映画のチケットを4枚余計に買ってしまうことになった。
ま、結論からいえば、素直に国民の映画に行けばよかったような。
今日の水野美紀はメイクバッチリでとても綺麗だった。
しゃべりは相変わらずちょっと「頭悪そう」なしゃべりがいいようななんというか。
肩出した衣装もいいんだけど、服の縁をいじったり、伸びた髪をいじったり、
プロなんだからしっかりしていてほしい思いは、愛情の裏返し。

冠哲也は、いいしゃべりと盛り上げのプロ。
チョビはもうすこしうまくいじってあげてほしかった。
魅力を活かす司会術もぜひ身につけてほしい。

盛り上がりのポイントは
第二の中山美穂を目指した時代の貴重映像。
最後の朗読劇「メタル」をそう訳したか・・・。

5月5日(木)
赤坂 ACTシアター
劇団☆新感線
港町純情オセロ

http://www.junjo-othello.jp/
劇団新感線の芝居を初めて見たのは7年前、水野美紀が「髑髏城の7人」という芝居に出るというのを知って。なんで惹かれたのかはよくわからないけど、当時水野美紀はどのような仕事をしていたのか、何か呼ぶものがあったのは確かで、実際新国立劇場のすごさを知ることとなった。
舞台そのものというよりは、カーテンコールに感動したのだった。

で、以来、中島かずき脚本+古田新太という演目は大体見ているような、案外みていないものがあるような、、、。いのうえひでのりの演出に感動しているのか、何なのか・・・。

前回。「鋼鉄番長」はオールスターキャストでやった「おばか」芝居だった。坂井真紀も恥ずかしい役を全力でやって、あげくに、主役橋本じゅんはぎっくり腰で降板、池田成志もアキレス腱断裂というすごい降板をしていた。

2週間ほどの休演の後、三宅弘城が主役に、池田成志にかわり河野まさとがどっかん先生を・・・。これはこれで興味深い舞台で、見てみたかった・・・。

それから半年、既に池田成志は「流れ姉妹」で舞台に出ていてびっくりしたが、橋本じゅんも舞台に無事帰ってきた。

ここんとこ、開場1時間くらい前に開場に着いてしまうのは、何かあったらどうしようという不安からなんだけど、実際、これも午後1時からの授業の準備に10時くらいからあれこれ・・・学校のすぐ近くで準備万端整いすぎて暇をもてあましているワケである。あの影響はこんなところにも出ている。以前ならぎりぎりに・・・というのが私の生き様だったのに、人はこんなところでもかわれるものだと実感する。

舞台については、
「おにぎり」
の脚本家ってことで実は買ったので、
脚本に期待をしていた。
残念ながら「オセロ」を昭和初期にして・・・という普通の舞台だった。
(新感線の普通ってのはもちろんそれなりのレベルであるのは確か)
普段は、これでもかって役者もいるのに、今回は小規模。
もっとも、舞台装置はお金かかっていて(でも新感線としては小さいと思う)、回転舞台が3つもあるのはすごい。
照明もこれまた綺麗、絢爛豪華。流石である。
田中哲司がカミカミなのはご愛敬。「浮標」の熱演を思えば・・・。そして、その「浮標」へのオマージュがこんなところで・・・。
実はそれだけでも見た甲斐があったというもので、いろいろな(細かい)不満はふっとんだ。

シェークスピア劇をこのように上演するのは「アリ」だと思う。実際、いい試みで、これだけの動員を続けるのは見事だと思う。で、気がついたことは、ACTシアターの1階席は「前」にでかい人がいない限り「いい劇場」であるということも(どうやって1階席のチケットを手に入れるのかは永遠の課題なだと思うけど)。

今回発見した有名人
「ゴドーを待ちながら」にもいた岩松了がロビーをうろうろ。
いのうえひでのりが5時に向かいの博報堂のいるビルのエスカレーターをコーヒー持って昇っていった。
中山祐一朗そっくりさんが休憩時間に1階席後方に消えていった。

舞台挨拶は相変わらず格好イイ。

で、次回は
「髑髏城の7人」7年ぶりの再演らしく、これはついつい行ってしまいそう。

で、やっぱり、新感線ですごいなと思うのは、
粟根まこと
河野まさと
ぶれずにコツコツこなすなぁと。
どちらも基本的にその役はワンパターンなれど、なんというか、安心するその演技にほっとする。

2011年5月15日
M&Oplaysプロデュース
鎌塚氏、放り投げる
本多劇場

見終わって満足感一杯の日曜のたそがれどき。
あまりにうれしかったので、井の頭線経由で帰宅する。

「鎌塚氏、放り投げる」
http://www.morisk.com/plays/kura11/index.html

作・演出 倉持裕
PPPPの芝居は
#12~#15と#6の再演を見ている
http://www.penguinppp.com/works/
倉持裕をすごいと思ったのは「開放弦」だった。その次に「ワンマンショー」「まどろみ」と続いた。
http://www.parco-play.com/web/play/kaihogen/
多分、いまだに一番良かった芝居は?と訪ねられると間髪なく答えることは間違いない。この芝居を見てやっぱり「泣ける」芝居はいいって思ったのかもしれなく、それが縁でサタケミキオというか、詫間孝行というか、東京セレソンの泣ける芝居シリーズにはまってしまったのかもしれなくて、とにかくその構成の魅力に感激したのかもしれない。

出演
ともさかりえ
「まどろみ」
「ねじと紙幣」
「黴菌」
今回のメイド服は日本で3本の指には入る「はまり役」だったと思う。よかったなぁ。

片桐仁
「審判員は来なかった」
「冬の絵空」
「GOD DOCTOR」
「ヒーハー」
「Love30〜女と男と物語〜」
どんどん、片桐仁を気に入っていく。
演技の幅が広いわけではないんだと思うけど、その広がる世界観・宇宙観には魅力がある。彼以外のこの役はなかったなぁとやっぱり感心する。

三宅弘城
「わが闇」 - 三好未完役
「シャープさんフラットさん」(ホワイトチーム)(ブラックチーム)
「世田谷カフカ」
「2番目、或いは3番目」
「髑髏城の七人」
「R2C2〜サイボーグなのでバンド辞めます!〜」
「マレーヒルの幻影」
でも、彼の存在の意識をしたのは「下北サンデーズ」だった。
今回のような役やっぱりうまいなぁと感心してしまった。そして、エンディングには「そうそう・・・」ついつい涙でともさかりえの満面の演技が見えなかった。無念。

広岡由里子・大河内浩
「甘え」
いい役者さんがいるなぁと実は感心していた。でも、小池栄子に圧倒というか、そこにも大河内浩出ていたよなぁ。すごいなぁ。舞台挨拶まで貴族になりきっているあたりに大河内浩に感心。

佐藤直子
「浮標」
すごい役者さんだなぁと思ったのを覚えている。
でも、佐藤直子っていうとテニスプレーヤーを思い出してしまう。こういうちゃんと演じられる役者さんがいて舞台ってのは成り立つんだろうと私なりに感心。

タマキングはいつものタマキングであり、いてくれた安心するけど新しい発見はなかった。

ともあれ、芝居のタイトルってのはなかなか見事なもので、フと思い出したのは「開放弦」なわけである。放り投げた直後に見せる「ともさかりえ」の笑顔へとかわっていく様にさわやかな感動があったんだけど、その肝心の表情が「涙」でかすんでよく見えなかったのが残念。
倉持裕の「審判員は来なかった」でも使っていた「回転舞台」が見事だった。
今日の舞台には「片桐はいり」が来ていた。

2011年5月29日(日)
青山円形劇場
「十人の黒い女~versionナイロン100℃~」


NYLON100℃ 36th SESSION 公演
オリジナル脚本: 和田夏十(映画『黒い十人の女』市川崑監督)
上演台本・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
公演日程: 2011年 5月20日(金)~6月12日(日)

出演者: 峯村リエ 松永玲子 村岡希美 新谷真弓 植木夏十 安澤千草 皆戸麻衣 菊池明明・廣川三憲 藤田秀世 吉増裕士 眼鏡太郎 小園茉奈 木乃江祐希 白石廿日 水野小論 野部青年 森田甘路・みのすけ / 中越典子 小林高鹿 奥村佳恵・緒川たまき

青山円形劇場ってのは円形の舞台になっているわけで、どっから見られているのかからない状態で芝居をするってのは大変なことではないかと心配してしまう。
円形劇場では「ヨーロッパ企画」「劇団鹿殺し」「劇団本谷有希子」で見たことがあったけど、どの芝居も(当たり前)ならが見事な円形劇場の特徴を 活かしていた。今回、Eブロックという舞台装置のあるエリアのすぐ横(上手側)なわけで「こりゃ外れ席か?」という不安から始まった。
その心配は当然ながら杞憂と終わって、舞台挨拶もなんだかんだとうまくやってくれたし。
肝心の舞台の方は
峯村リエ・松永玲子・村岡希美の3名の圧倒的な「黒い女」に惚れ惚れ・・・。ま、実際には中越典子あってなわけだけど、やっぱり、圧巻は「みのすけ」であり「小林高鹿」の相変わらずの狂気ぶりには感心した。
名前をみて勘違いしたのが、奥山佳恵じゃなくて、奥村佳恵。
なるほど、この子は伸びるねぇ・・・って、テレビ局のディレクターじゃないんだから、そういうことを言ってどうするということではある。
これ、映画「黒い十人の女」ってのがあるようなんで、そちらはいつか見てみようと心に誓う(というか、DISCASに予約)。

で、やっぱり昼間の青山円形劇場ってのは子どもが多いのがなんとも違和感が。妻曰く、扉の向こうでは大人の世界が、こっちにはそんなことも知らない無邪気な声が・・・、なんという社会の矛盾が・・・。みたいなことを言っていたが、確かに不思議なものではある。
ナイロン100℃の特徴なのか、一人で来ているお客さんが多いような気がする。後ろにはテンションの高い、男女が1組。ちょっと「五月蠅い」感じがいただけなかったけど、一人で来ているお客さんの多い芝居。いい芝居であることは間違いないと思う。

帰りには、ついつい、ここ20年来、腕時計なるものを使っていないことをお乱して、時計を探しに時計売り場に。
納得いく時計はmondaineくらいしかなかった・・・。
(芝居では、壊れた時計で10人の女から10個の時計をプレゼントされる。もちろんそこが狙いなわけではあるけど)

この芝居で秀逸だなぁと思ったのはその終わり方。そして、芝居が始まるところ。
現代とこの作品の作られた時間を行き来するための作業が見事で、
蝋人形を台の上に載せるところから始まり、その蝋人形を運搬するところで終わる。
筈だったものを、その蝋人形が「待ったをかける」
私も小林高鹿が「みたいでしょ」というから見てしまったが、実はその結末は見たくなかったかもしれない。
映画としてはどうだったのか?あまりにその悲しい様には正直お金を出してみにいく価値があるのかどうか。

もちろん、3.11以前・以後ということでの問題であったり、男と女の関係をどう考えるのか、そこにかのような復習劇はありなのか、なしなのか、映画を見てみないと答えを出せないのかもしれない。

(2011年5月29日DVDにて鑑賞)
王立劇場Vol.7続コーポカラホリ303~今日も危険な上町台地
後藤ひろひと@吉本興業のコントユニット
http://homepage1.nifty.com/mneko/play/A/royal-theater.htm


王立劇場Vol.7とあるのが本当なのか、続コーポカラホリ303とある「続」の前は本当にあったのか、後藤ひろひとがかかわると全てが虚構に見えてしまうのは彼への最大の賛辞ということなんだと思う。

相変わらず幕前で、マイクパフォーマンスがある。
意外なことは東京版が映像特典にあるのだが、あのいい加減な喋りは、ほぼ同じものであるということ。下手なところも一緒で、唯一違うところは「パントマイム」であった。

本編は3つの喜劇。
しかし、舞台でも夫婦役を演じる夫婦ってのもすごい。
ゲスト「中山えみり」「川田利明」「水野真紀」・・・なるほど。
水野 美紀
坂井 真紀
の複雑なマトリックスがあるが、discasではやっぱり間違っていた。

安尾信乃助の「良いアイデアが浮かんだ・・・らいいのになx・・・」と言って舞台から消えていくシーンがなんとも秀逸だった。
「私は・・・ですか?」「聞くなよ」
「私は・・・ですか?」「聞くなよ」
「あなたは○○です」「それは訊けよ」
というやりとりがお約束なようで、それに慣れていない関東の人ってのがやっぱり天丼である。


と、ここで気がついたことが「王立新喜劇」と検索した。「コーポカラホリの前作DVD」を発見することができた。ととりあえずDISCASで予約を。


で、この作品で大事なところは「特典映像」にある。
「からほり」
http://www.karahori-walker.com/
この名前は、今話題の映画「プリンセストヨトミ」にも出てくる。
なるほど、由来諸々興味深い。



2011年6月11日
シアタートラム
「モリー・スウィニー」

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/06/post_229.html

シアタートラムの横、世田谷パブリック劇場では三谷幸喜の作品が上演されている。そんな中、相島位一之はこの、アイルランドでは国民的作家として広く愛されているブライアン・フリールの作品の舞台に立っている。
そのコトだけでも不思議な感じだけど、なぜ、この芝居のチケットを買ったのかははっきりしない。
谷賢一という演出家に興味があるということは事実なことと、
相島一之を初めて見た時以来、なんか彼の仕草が気になっているというのも事実かもしれない。初めてみたのは「12人の優しい日本人」の映画だっ た。知っている役者は一人もいなくて、「12人の怒れる男」をここまでパロディに、しかもシリアスに・・・。しかし、興味はそこで尽きていた。
小林顕作・・・真心一座・プロペラ犬・・・なかなか渋いところに出ていたのを思い出した。
南果歩・・・・あまり興味のある女優ではないんだけど、デビュー後いつなんだろう、堤真一と共演したNHKのドラマが未だに気になっている

舞台は圧巻だった。
見ていて思い出したのは「レナードの朝」。プログラムを今見て気がついた。オリバーサックス(レナードの朝の作者)の「見ることと見えないこと」に触発された作品だそうだ。
原作と訳・演出がどのように舞台になったのかはわからないんだけど、
舞台3上の3人があまり「カラム」ことなく「独白」をしながら物語が進んでいくその作りは今までに経験のない緊張感を感じた。
そして、3人の語り口の違いは、はじめは強烈だったのが、やがてその差異を忘れてしまう、いや、誰がしゃべっているんだかわからない、というか、舞台に一体となったってことなのか。
第一部・第二部と、40年間視覚をもっていなかった「モリー」がどのようになるのか。
第一部が終わる終わり方も「おぉっ」と思った。
舞台がなんとも狭いのは、
第一部が終わるところで謎解きとなる。
で、そのまま「休憩」

第二部の始まりにも「びっくり」(よくやる手法だけど)
通路を気にするスタッフに???登場人物は出きっているし、今更後ろからってのも(舞台は後ろに広がったし)。
なんて思っていると、第二幕への「つなぎ」が始まった。

第二部の最後に、独白が順番に・・・
相島一之のシーンで終わるのか、と思ったら。そっか、これがあったんだ。
なるほど、照明プランとか、場見りのテープが入念に貼ってあるのも。
暗黒の中で後ろから話しかけられると耳元でささやかれるそんな感じになる。
南果歩のあのアニメ声にささやかれたら、なんともくすぐったい感じになること間違いない。

そんなこんなでこの物語は結末を迎える。
見事な終わり方だった。

芝居が終わって2つ気になったことが。
その1
若い女の子がたくさんいた。若いってのは、小学生?中学生?という感じの4人組がいること、いること。世田谷区の劇場でってことだからか?
しかも、劇場でのマナーが「いい」。休憩中にロビーで手作りのおにぎり食べていたけど、行儀が良かった。どこぞのACTシアターなんかじゃ、こうはいかない。世田谷区はすごいこと(教育)をやっているのではないかと。

その2
今まで、なんで、「新しい」メディアに接することができない人がこうもたくさんいるんだ・・・。という嘆かわしいと感じていたが、この話を見て、「新しいメディア」が人々に新たなる感覚をもたらすということが「事実」ならば、この物語と同じ結末を迎える危険性も高い。
つまり、「視覚」なしに世界観を構築し、生きている人に新たに「視覚」が加わったときに、その世界観はバランスを失いとんでもないことが起きるか もしれない。視覚をコントロールし世界観を自己に生成している私たちの心は機能しつづけられるのだろうか?視覚を「デジタルテクノロジー」と置き換えても いい。「つぃったー」「facebook」と置き換えてもいい。今、その人が成長途上なのか、熟年期なのかということがその分岐点なのかもしれないが、人 間、死ぬまで成長しているという考えもある。が、そのコストを払ってまで本当にその感覚を獲得することは「ありなのか」。自信がなくなった。

考えはもうすこし時間かけてウェブにアップすることに。
なんか、人生とは・・・ということを本当に考えてしまう「佳作」である。


6月12日
世田谷パブリックシアター
「ベッジ・パードン」

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/06/post_230.html

今年上半期23本目の芝居。
(他に大フィルコンサート1回、水野美紀のトークショー)
あと1本を残して、あえてその順位をつけるとすると・・・やっぱり難しい。
・断食
・浮標
・不条理劇場
・モリー・スウィニー
あたりが第一グループ
結局、小劇場がいいってことのようだ。

・鎌塚氏
・黒い十人の女
・ベッジ・パードン
・国民の映画
・南へ
なんかの大きい劇場(円形劇場は大きいかどうかはおいておいて)
薄れてしまう何かがあるようだ。

まだ、昨日の「モリー・スウィニー」の余韻が終わっていない状態で再び、三茶に出かける。
会場は「三谷」ファンなのか「野村萬斎」ファンなのか、深津絵里ファンがどういう人かはわからないけど、女性と、中高年夫婦が多い感じがした。
幕が開いて更に・・・このオチにはやられた感があった。

三谷幸喜って人はやっぱり「密室劇」の天才ってことと、実話に妄想を膨らます「脚色力」「演出力」が見事。圧倒的才能があると感心した。他の脚本・演出家の場合とはその「妄想力」が違うのではないかと感じた。
で、その妄想は、たとえば、文豪夏目漱石がロンドンで神経衰弱になったとか、そういう事実を知らないとこの芝居のおもしろみは半減するわけで、我が輩が猫であるを知らなければ、笑いの半分は失ってしまう。英語の先生だったとかもしかり。
そんなところに三谷幸喜のすごさと、もろさがあるのかもしれないなんて感じた。

深津絵里って人はやっぱり今の日本に貴重な女優ななと思うけど、私はあまり興味がない。
「春琴」はすごかったけど、テレビでも絶賛だったり、映画でも絶賛だったり、今回のあの「声」は、私にとって苦手な声で、そんな深津絵里が2回だけ「普通の声」でしゃべったシーンがあって、そこに「ぐっ」ときた。やられた。


6月26日
「確率論」

二人芝居。
二人芝居で2時間もやられた日には役者も観客も疲れ切ってしまうんだろう。今日の芝居は65分とのことで、ほっとするやら、緊張するやら。
space雑遊、このビルのすぐそばにある老舗居酒屋「池林坊」は椎名誠とか本の雑誌とかでよく登場するところらしく妻がそんなうんちくを披露してくれた。
実際、折り込みチラシにはhttp://www.zatsuyu.com space雑遊の案内チラシにそんな感じのものが入っていた。
見に行ったのは、「岡田あがさ」が二人芝居やるってのが気になったから。それほど彼女の舞台を知っているわけではないのだけれど、気になっていたので慌ててチケットを予約した。

舞台の配置とか、始まる前のあの雰囲気は、昔何度か行ったジャンジャンを思わせる緊張感と一致阿寒を感じさせて期待は高まるばかり。

サッカー選手が同じ誕生日な確率とか、13年蝉と17年蝉の話とか、ラプラスの悪魔とか、なかなか数学の魔力を伝えるに十分な話をたたみかけるようにしてきたのは圧巻。それと「運命」「偶然」を見事に表現してくれた。
正直、岡田あがさをこの距離で見るのは「怖い」くらいの迫力を感じた。これが小劇場の魅力なんだろうか・・・。須貝英という役者は初めて見たんだ けど、確かに「声」がいいのと、演技の幅が広そうな、いい意味で器用な感じがした。私は間違いなく男優目当て芝居を見ることはないけれど、気になる「個性 派俳優ではない俳優」を発見したことにちょっと嬉しかった。

終わり方も見事で
墜落しなかったこと、
搭乗ゲートの変更で去る、
いい終わり方だった。

7月16日
「けもの撃ち」
花園神社

「けもの撃ち」
作・演出 竹重洋平(弾丸MAMAER)
主題歌:友川カズキ
プロデューサー 外波山文明
■2011年7月15日(金)~24日(日)
 毎夜7時開演10ステージ
■新宿花園神社境内特設ステージ
 http://homepage2.nifty.com/tubakigumi/2011natu.html

去年、椿版「天保十ニ年のシェイクスピア」
 http://homepage2.nifty.com/tubakigumi/oudeson.html
を観てまた行こうと思った芝居。夏の風物詩として最適なイベントである。
なんていっても「アツイ」。
250人くらいのテント小屋は当然「冷房」はない。役者さん・制作の人もみな「熱い」。

内容は、毎年あんな感じなのか?
あっという間の2時間だとは思うけど、いろいろな問題提起をしながら物語はすすんでいくけど、暑さであまりそういうところは記憶から薄れてしまったけど、そんなところは劇団新感線を思わせるものがあった。
すごく乱暴な言い方では、新感線みたいな有名役者はいないけどアツサは負けていないゼって感じ。

当日券もあるようなんで、ぜひ、だまされたと思って夏の夜のひとときをご堪能いただきたい。ウチワは貸してくれるのと、冷たいものの販売もあるけど、暑さ対策はしておくことをお奨めします。

一人芝居をやる予定の「小宮孝泰」
http://www.youtube.com/watch?v=wfc4RnzVJ4g
永遠の若手落語家「春風亭昇太」
が会場にいた。


7月17日
「ニッポン無責任新時代」
シアタークリエ

後藤ひろひとが手がける東宝映画舞台化の第二弾。
第一弾は「ガス人間第一号
こちらの舞台化だった。多分、2年前だったと思う。
http://www.ozmall.co.jp/entertainment/item/vol17/

いわずとしれた、植木等の「ニッポン無責任男」シリーズの舞台化である。今回はさすがに現代への脚色をしての登場となった。
http://www.tohostage.com/nippon/index.html

後藤ひろひとの
新しい喜劇への挑戦
ということでは、
王立劇場
というすごい試みがあって、DVDで出ている2つを見ている。

なんかがそうで、
今年になってからこのDVDを見たけど、さすが・・・。見事である。ちなみに「からほり」この謎は「プリンセストヨトミ」にも通じる大阪の謎である。

で、この芝居
思わず号泣しそうになってしまった。
意外なエンディングを思わせつつ、さすが後藤ひろひと。
ちゃんと泣かせどころをわかっていた。

あっという間の2時間半。

星野真里もよかったけど、さすが真琴つばさネェさん。
そして、バッファロー吾郎もよかった。
原田泰造のいい加減さも昭和って感じでよかった。

後藤ひろひとの芝居はやっぱり見逃せない。
ひょっとしたら、三谷幸喜に次いで安定した脚本・演出家なのかもしれない(本人の願望として言っていた)。


7月24日
「荒野に立つ」
シアタートラム
阿佐ヶ谷スパイダースを初めてみたのは「桜飛沫」。
http://asagayaspiders.net/modules/tinyd2/index.php?id=18
その芝居には水野美紀が出ているからチケットを買ったようで。
山本 亨 橋本じゅん / 水野美紀 峯村リエ
山内圭哉 猫背 椿 市川しんぺー 真木よう子
吉本菜穂子 富岡晃一郎 川原正嗣
前田 悟 横山一敏 大林 勝
中山祐一朗 伊達 暁 長塚圭史
というそうそうたるメンバーが出ていた。
なるほどなぁと思って見た。はるさんから、そんなもんだよ阿佐ヶ谷スパイダースはという意見ももらったのを覚えている。(そんなもんというのは、過大でも過小でみなく、描き方の特徴も含めて阿佐ヶ谷スパイダースの色というものが様式となっているようなそんな感じがした)

その後みたのが「失われた時間を求めて
http://asagayaspiders.net/modules/tinyd2/index.php?id=21
これは4人芝居ということと、ベニサン最後の・・・ということで行ったんだけど、奥菜恵の天才的演技にがなのか、何が変わったのか?しばらくぶりに見たその芝居には大きな変化があったのか、ブレ幅なのかわかっていない。

そして「アンチクロックワイズワンダーランド」
http://asagayaspiders.net/modules/tinyd2/index.php?id=22
イギリス帰りのその舞台はとてもきれいだった。
舞台の展開にはまったくついていけなかった。
やられたという感じだった。

そして、今年、長塚圭史の新展開、葛河思潮社「浮標
http://www.kaat.jp/pf/bui.html
これは今年のNo3に入る名作だった。
藤谷美紀がすばらしかった。
あの長丁場の長台詞、田中哲司にも男ながら惚れた。

そんな前提で「荒野に立つ」に出かけた。
なるほど、
阿佐ヶ谷スパイダースは今後、アンチクロックワイズワンダーランドの方向にこだわるってことはわかった。かなりがんばって、役者の顔を覚えていくことと、物語についていく体調、いい席での鑑賞。これによってついていけるようになるのだろうか。
ついていこうと努力しないといけない芝居は見に行かなくてもいいかもしれない。
てなことを悩む2週間だった。
で、仕事をしなきゃいけないのに、アカサカサカス宣伝番組をだらだらとみながら、15分がすぎてここまで書いた。次回昨もみて決めようというのが今の結論。

7月30日
銀河劇場
「太陽に灼かれて」

何で見に行ったかというと、水野美紀が出ているから。
http://hpot.jp/taiyou/
決して、スターリンの時代の「粛正」の話がテーマだったとか、
映画「太陽に灼かれて」
http://movie.goo.ne.jp/movies/p16842/
の評判がいいからとか、そいういうことではなかった。
そんな中でこの舞台を見たことはなんと運のよいことか。

いい芝居だったのだけど、役者も皆いいんだけど、
鹿賀丈史と成宮寛貴が恋敵ということになるその年齢差がやっぱり気になってしまうし、その取り合う女が水野美紀ってのが、あんた何歳なんだよ・・・みたいな、そんなことに突っ込みはいけない。
で劇中で皆が歌った歌、何だかわからないんだけど、鹿賀丈史がちょっとだけ一緒に歌うその歌が泣けた。随所に出てくる踊り・音楽にちょっとジーンとくる。
で、なんとも、やっぱり水野美紀という女優はこういうなんか、陰のあるような、はかないような、そんな役が似合う(と思う)。子供やくのしんちゃんしゃべりをする「チョビ」みたいなあれも悪くはないんだけど、あとドS女役、ドM女役もありなんだろうけど。どうしても「開放弦」のあの演技を思い出してしまうと、芝居が2割増しに見えてしまう。

この銀河劇場、さすがに、女性が9割という感じでびっくり。
静かにそっと席に埋もれていた。

7月31日
青山円形劇場
「岸家の夏」劇団鹿殺し夏の女優祭り

http://shika564.com/kishike/an_jiano_xia/toppu.html

鹿殺しの新局面という見事な芝居だった。
そりゃ、女優だけど、峯村リエ、千葉雅子、濃すぎますよねぇ。チョビの濃さが薄まってしまったそんな感じ。いや、演技とか、存在感が薄まったって感じではないんだけど、二人が濃い。そして、暑い夏がより暑くなったそんな感じである。
オレノ君も、丸尾丸君もさらりと脇を固める感じで、相変わらず谷山知宏も抜群の身体能力でいい感じだった。
やっぱり、この芝居のポイントは「父親」の扱いだよなぁと、そこにも関心した。

歌って踊るシーンがちょっと減ったのは「客演女優」がいるとそうなるわけで、そのジレンマは今後の課題でしょうね(大きなお世話なんだけど)。

DMにコメントを入れてくれた高橋戦車が制作になっていて、声だけの出演だったのが気になる。次回は是非いい役もらってください。


8月7日
パルコ劇場

クレイジーハニー

長澤まさみ初舞台
http://www.parco-play.com/web/play/crazyhoney/
別に初舞台マニアでも長澤まさみマニアでもないんだけど(長澤まさみをいいなと思った初めての映画は「深呼吸の必要」香里奈のついでに見たのだけれど)
あまり世間が評価する映画とかドラマは見ていないけど、いい女優だと密かに想っている。
で、今回の初舞台。
よりによって本谷有希子の芝居である。

いままで私が見た本谷芝居ってのは基本「家族」とその取り巻きにある「悪意」と「善意」が渦巻いてというようなもので、あまり私には縁のない世界という感じだった。今回、見事な群衆と主役3人の芝居となっていてちょっと嬉しかった。しかもその3人は家族ではなくて、でも、家族以上に濃厚なつながりのある女と男女?、と全くつながりを持つことがあり得ない男、とその他大勢(とんがった人はいるけど基本は脇役)。
現代社会に大事な問題をいくつも投げつけてくれた。
今のソーシャルネットワーク云々とか、インターネットで世界がつながるとか、あれこれ行っているのは何なんだよ一体もう・・・。という感じがよかった。
本谷有希子はそこまでの作家ではないだろうけど、長澤まさみの演ずる作家とダブらせてみるとまたおもしろい。打ち上げで回りの人が消えてしまう(とモーニングのコラムに書いていた)とか、モーニングの忘年会の話とか、モーニングのコラムに書いているのを読んで1年ほど。ようやく本谷有希子がどういう人かわかってきたような気がしたところでの本作品。
いままでの小池栄子、りょう、永作博美という3人の女優が壊れていったという演出家に陵辱されたかのような舞台、佐藤江梨子、美波の映画、一皮剥けた、というか、新局面に達したのか?

と、いいつつ、実のところは、
長澤まさみがよかった。
それに尽きる。
台詞間違え2カ所も含めて、おっさんたち(一人男率の高いことこのうえない)は満足して帰って行ったのではないか?
二列目下手に陣取った私も、ほぼ満足。
次回、是非、あまり時間をかけることなく、舞台に登場してほしいものだ。

8月27日
本多劇場
「奥様おしりをどうぞ」
妻曰く
「タブーなし」
「批評なし」
「意味なし」
への意欲的挑戦をした作品と。
って、思えば、そんな批評をしていちやだめじゃん?
本人は素直な感想だといいわけをしているけど。

8月28日
世田谷パブリックシアター
「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」

世田谷パブリックシアターにて。
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/08/post_242.html
田園都市線渋谷駅で片桐はいりをみかける。
やっぱりこの人は目立つ。
舞台はずいぶんと質素で綺麗な。
能ってのがどういうものかわからないんだけど、
「奇っ怪」
1 常識では考えられないほど怪しく不思議なこと。また、そのさま。きっかい。「―な事件が起こる」
2 常識に外れていて合点のゆかないこと。けしからぬこと。また、そのさま。きっかい。「責任者が出てこないとは―な話だ」
この「奇怪」を強調する場合に使うことばのようで。
確かに、夏の終わりに見るのにいい話だった。

まさか、あんな神様がいるとは・・・。
そして、ゾンビなるもの。
自らが死んでいるということに気がつかない・・・。
自分がひょっとしたらそうなのかも。
とちょっと怖くなってきた。

池田成志の出る芝居に外れなし。
という思いがつよくなってきた。

というより、これは芸術監督と前川知大の勝利というような素晴らしい企画だったと思う。

9月10日
本多劇場
「ロベルトの操縦」
ヨーロッパ企画

http://www.europe-kikaku.com/projects/e30/main.htm
多劇場は満席となり、舞台上にある謎の乗り物「ロベルト」を巡る話が展開された。
まさか、ロベルトはパイロットの名前で、ロベルト役をだれがやるのか?
なんて思っていたが、そういった期待はすべて裏切るでき。
いい意味で気持ちよかった。

終わってから
石田・永野・諏訪によりグダグダトークが始まり、途中から上田が入って、今回の舞台の作り方について秘話が披露された。基本的にアフタートークは 舞台の印象が薄れてしまう、台無しになってしまうことが多いのであまりみたくないのだけれど、舞台の諸々の理由が分かって良かった。

軽いノリでやっている劇団ではあるけど、
今回は「招集」の時まで待つ。
・お告げを待つ人。
・目標がどんどん流れで変わっていく人。
・もはや目的は分からないまま人生が変わっていく人。
・次々と事態は悪化していることは分かっていてもやめられない人。
・意外な敵と戦うことになってしまった人。
・ルールを守りたがる人。
・運だけで生きようとする人。
・簡単に自分を曲げてしまう人。
それに加えて
絶妙な舞台の作り方を実践しているこの劇団がますます好きになった。

ちなみに、
「移動」するということをテーマにした芝居は斬新。
細かい演出の苦労話がなかなか・・・。
タイトルが決まって、
飛行機から兵器になったとか、
事故って安全性を高める演出になっていったとか、
上手が「情報」、下手が「体感」で、どんどん情報から逃げていくことに・・・。

次回、企画もの「演劇」にも期待したい。

9月11日
シアタークリエ
「わらいのまち」
東宝セレソンDX

今回は「泣き」を封印するということで、さてさて、どんなことに。
http://ts-dx.com/wp/play-warainomachi/
劇場もシアタークリエ・・・。案外、このシアタークリエがくせ者で(おかしな言い方だけど)いい芝居が多い。
男がやった宝塚の話とか、ガス人間第1号とか、無責任男とか・・・。

で、舞台を見るとなんか、いかにもセレソンらしい舞台だった。
笑いはたしかに、みなさん笑っていた。
でも、そっか、ここぞというシーンでは「夕」の音楽が・・・。
条件反射で私は号泣してしまいそうになる。

片桐仁をフツウに使っちゃう贅沢さと
岡田義徳をやっぱりフツウに使っちゃう勿体なさ。
多分、演出家は女優を演出するのは上手いけれど、男優の演出は慣れていないのか(笑)。いや、女優目当てで行く私だからその違いが分かっているのであって、男優も実はすごい力を出し切っているのかもしれない。

宅間孝行という脚本家・演出家
やはり、大変なんだろうけど、ぜひ、また、泣かせる芝居見せてください。
お笑いについては、残念ながら後藤ひろひとに負けているかもれない。

ともあれ、
東京セレソンDX(今回は事情あって東宝セレソンとなっている)
「夕」「流れ星」「歌姫」「What's a wonderful life」などなど名作の泣ける作品をかかえた希有な作家・演出家・主役がいる(一人だけど)劇団。まだの方はお近くの公演でぜひ。

なんといっても
アルパカ、ガチャピンといわれた田畑智子の演技もよかった。
パンフレットも必見である。

9月17日
シアタートラム
柿食う客
女体シェイクスピア001
「悩殺ハムレット」
http://kaki-kuu-kyaku.com/main/?p=1837
http://kaki-kuu-kyaku.com/hamlet/

私は中屋敷法仁なる人も柿食う客も今まで縁がなかったのだけれど、
どちらの気になる「名詞」である。

なるほど、シェイクスピアという芝居はもともと男だけでやっていた・・・
なるものを女をもてすということで。
衣装と台詞は現代娘の言葉に翻訳するとな。

シアタートラムで声がききずらいということは滅多にないんだけど、前半「なれないことば」&「会場の音の響きが変」なことでちょっと辛かった。そんなつらさも美女だらけの芝居となれば案外持ちこたえられる。

どんどん物語は展開して、90分で上演が終わるお手軽シェイクスピア。これはこれで魅力である。先週のヨーロッパ企画もそうだけど、「短い」芝居ってのはナニモノにも代えがたい魅力がある。
10時間くらいやってみたり、3時間超えは当たり前とか、6時から始まるなんてのもそれはそれで楽しいけど、そこまで人生注入する覚悟もそんなに持ち合わせていないから。

で、このハムレット
あっという間に終わってしまった。
もともとハムレットには3種類の上演台本が残っているようで、その3本のおいしいどころ取りをしたってのもすごいものだ。
舞台は「正方形の舞台」と「赤いソファ」。見事な抽象度である。

アフターイベントなるものがあって、カラオケ大会へと突入。
肝心の芝居がすっ飛ぶようなその勢いに参りました。

そして、
怪優「岡田あがさ」の実力をまざまざと見せつけられた。
いやはや、すごい。すごい。
あと、阿川佐和子(滝川クリステルに見えたけど)みたいな女優がアフターイベントで気になってしようがなかった。舞台ではハムレットの親友役をやっていたのはわかる。不思議と「舞台の衣装」からアフターの私服?へ衣装替えをされると、役のアウラが消えたってこともあるんだろうけど、誰がだれだかわからない(岡田あがさだけは別格な迫力があってすごい。すごすぎる)。ともあれ、女優のパワーに圧倒されっぱなしの2時間だった。
ちなみに、この日はガールズナイトとなっていて、女子は2500円。男は5000円払っても来たい奴はおいでなさい。ということで男は10人もいなかったなぁ・・・多分。

現代の芝居と古典の融合を知りたいのならこれ見るべき。
第二弾は2012年4月だそうだ。


9月18日
世田谷パブリックシアター
「動かない蟻」
シティボーイズミックス


http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/09/post_236.html
毎年恒例のシティボーイズライブは去年から秋になってしまった。
どうやら、今年もかなり挑戦をしていたようで、いままで通りのものではいけないと老人たちが新しい表現に挑戦をしているようだ。

いつもの
中村有志
に加えて
荒川良々
辺見えみり
という布陣。いままでとちょっと違う感じはしたけど、やっぱり違った。
去年、完全に主役であるはずの3人が若手芸人に負けていたという感じがしたんだけど、今年は主演と助演をしっかり分けているという様子が感じられた。

最高傑作は
団地に住む3人のところに訪問する辺見えみりの話。
うっかり、自分が死んだことに気がつかない・・・。
落語でもあるし、怪談の定番ネタなわけで、なんか、昔のシティボーイズ的なシニカル感と脱生活感にしびれた。
他も、三木聡の時代のものに戻ったかのような「物語」が感じられてよかった。そして、3.11以前のだめな人たちのだめな話から、ちょっと局面が進化した感じがしてそれもよかった。

荒川良々の怪優ぶり、辺見えみりも美人っぽい人ぶりにかなり好感。
中村有志の出番の少なかったところにはちょっと残念だけど、趣旨が「主役」をはっきりさせることにあったのだと思うので、来年もお願いします・・・と中村有志にお願いをしたい気分である。

9月20(火)
青山劇場
「髑髏城の七人」


髑髏城の七人はこれで3回目
http://www.dokuro2011.com/


3回目といっても
1回目はアカ髑髏
2回目はアオ髑髏
3回目はワカ髑髏
ということで、なるほど「先代」の捨之助はよかったなぁとか、先代の勘九郎の見栄はかっこうよかったとか、歌舞伎の通はずいぶんいらっしゃるようだけど、そういう言い方が3回見るとわかってきた。

思えば、初めての芝居がこの「髑髏城の七人」だった。
以来7年ぶりの再演。やっぱり気になって行ってしまった。

で、格好良い見せ場がこれでもかと登場する。
綺麗な舞台。
気持ちのいい立ち回り。
森山未來の狂気ぶり、小栗旬の好演。早乙女君はやっぱりいい。でも、森蘭丸役は水野美紀以上は私の中にはない。これが贔屓ってことなんだろうなぁ。
ともあれ、
仲里依紗はがんばって舞台をこなしていたし、小池栄子も迫力あった。キャストがかわっての舞台ってのはこういう楽しみ方があるんだということをしみじみと感じ入った。長生きしたいものだ。
河野まさと、粟根まことの見事なまでのプロ脇役ブリにも感動したけど、高田聖子をああいう形で出すあたりに、複雑な思いがある。どうしても梶原善の印象が強くて、舞台周りの都合か、一番おいしいシーンを勝地涼に譲ってしまっていたり、シーンが減っているような気がした。
相変わらず、7人をシルエットにしての髑髏城脱出シーンには涙が出る。赤髑髏で一番感動したのは「水野美紀」「坂井真紀」が新国立中劇場の奥から走ってきて挨拶するシーン。それがやれる奥行きの舞台だったのに、もったいないなぁ。

日経新聞では「青春群像劇」と紹介されていたけど、確かにこの物語は、「主(織田信長)」を失った若者の奔走と、それに抗う若者の話だったんだ・・・。初演のときには古田新太は25歳、いのうえひでのり、中島かずきは30歳だったってのもこれは驚異。

自分が30歳のときにやっていたことをもう1回やりなおそうと思うのか?
伊能忠敬は50歳で測量を始めた。
マクルーハンがグーテンベルクの銀河系を著したのは50歳。
マーラーは51歳で死んでいる。
ブルックナーも50歳で交響曲第4番を書いている。

さてさて・・・

9月23日(土)
豊洲公演西側横野外特設会場
「無防備映画都市 ―ルール地方三部作・第二部」
http://festival-tokyo.jp/program/CinecittaAperta/

初日・2日目の公演は「颱風」の影響で中止だったみたいだ。5時開場となっているとついつい時間前に並んでしまう。
豊洲の空き地にしつらえられた「荒野」に車と鉄パイプで組まれたスクリーンと舞台と住宅の書き割りが100メートルくらいの空間の3方に散在している。
客席はその残りの1方に200席くらい?一部はテント下に。床は土で、まさに荒野という感じ。
段々陽がくれてくるとなんと素晴らしいその背景。東京タワーや都内のビルの一群が夕暮れにそまっていく様にちょっと感動。
と、人が走ってきて、BMWに乗った。
その車は舞台(さっき書いたように100メートル四方がどうやら舞台のようで、中央はがらんどうになっている。多分そこが舞台)を乱暴に走り回る。そのうちに、キャンピングカー、ロケ車が舞台に登場、役者が降りてきて芝居が始まる。

この舞台は「ドイツ零年」「ロッセリーニ」を知らないと話の半分も理解できないような気がするけど、会場ロケーション・役者のがんばり・会場狭し(広いけど)走り回る様・ロケバス内のやりとり・・・。十分に楽しめる。

フェスティバルトーキョー
なかなか恐るべし作品セレクションだと思う。
外れなしである。

一昨年か?
dead bound catを西巣鴨で見た。
去年は、明日館でやっていた展示型演劇を見た。
今年はもう一つくらい見てみたいと思った。

あれこれもうすこし熟成させて、加筆する予定。

2011年10月2日(日)
シアタークリエ
「ゲゲゲの女房」
http://www.tohostage.com/gegege/
この舞台を見たのは、もちろん、朝の連続テレビドラマ小説とか、その方の本とか、水木しげるファンだとか、そういうことではなくて、主演が水野美紀だから。
シアタークリエの舞台というのはちょっと年齢層が高めに設定されているとか、ベタな芝居が多そうだとか、そういうこともとりあえずおいておくことにして見に行った。

びっくりしたことに、
上演2回以上の会場は東京と金沢だけで、他の都市は1日限り、しかも公演会場は、境市がはじまりで20都市くらい巡るようだ。
http://www.tohostage.com/gegege/zenkoku.html
すごいもんだ。

舞台は完全に舐めてかかってみていたけど、
「いい」
ちょっとグッとくる話がちりばめられている。
原作とか、テレビは知らないのだけど、
「紙芝居屋」
「貸本屋」
「大人も読める漫画」
このイノベーション話には泣けた。
大和田獏・梅垣義明がその役を担っていたけど、なんともこの悲しい話は、現代日本の諸問題を知る上で勉強になる。
特に、貸本屋と本屋の関係、貸本屋専門書(漫画)と出版社の関係。
この辺に興味がわいた。
調べてみることにする。



2011年10月8日(土)
パルコ劇場
「猟銃」
http://www.parco-play.com/web/page/information/huntinggun/

中谷美紀の初舞台
ということで買ったこの芝居は「大成功」だと思う。

外国人の演出の舞台ってのはそんなに見たことがあるわけではないんだけど、
やっぱり圧倒劇に舞台が格好良い。
しかも、舞台セットにそんなにお金はかかっていないように見える。
(実際今回の舞台はかなりお金かかっていることは明らかなんだけど)

比較するべきではないんだろうけど、
三谷幸喜の「ろくでなし啄木」とついつい比べてしまう。
ろくでなし啄木は、ある夜の話を、3人が語るという展開だけど、
猟銃は3人の女が宛てた手紙を中谷美紀が「読む(演じる)」という展開。
ろくでなし啄木は「最後の逸話があまり意外な展開もなく残念」だったのに対して「3つめの手紙」の圧倒的な「視覚」と「手紙」にちょっと痺れた。

井上靖
という文豪をよく知らない私は人生損しているような気分になってしまった。
「書簡」小説というと、宮本輝「錦繍」を思い出す。去年だか、錦繍の舞台があって舞台は「良い出来」なんだけど、やっぱり小説の衝撃にはかなわなかった。ともあれ、あんなすごい書簡小説を書き上げた宮本輝ってすごいなぁと思ったのは20年以上も昔の話で、とあることがあってもうすべて処分してしまった。宮本輝もこの小説読んだんだろうなぁ。こんなすごいもの書かれちゃうと(舞台のオリジナルに感動しているのか、原作に感動しているのか、原作の部分に50%はあると思っているので)、読んじゃうと舞台にしてみたいと思うよなぁ。
中谷美紀みちゃったら、やっぱりやってみたいよなぁ。
なんて思った。帰りに買って帰るつもりが、うっかり本屋に寄り損ねた。あわてて、amazonで注文をする。

そうそう、
開演前の会場作りがとても巧い。
会場は手元のチラシを読めないくらい暗い。
雷鳴がどろどろ・・・。
開演前のお願いアナウンスは「池田成志」?
できれば、お願いには「前のめりはご遠慮ください。エビぞって鑑賞ください」とお願いをしていただきたい。前のお客さん、中谷美紀ファンなんだろうなぁと思うけど、もうすっごい前のめりで頭が邪魔でした。残念。
あと、
上演が始まり、、、雨の中のナレーション・・・。
その間にはというか、この芝居、開演後には客入れなしですよ。
気になっちゃって、大事な台詞を聞き逃しました。
あれは困る。
パルコ劇場の方、読んでいないだろうけど。

舞台で驚いたことが5つ。
その1
舞台上で「雨」が降った。
その2
中谷美紀が「水たまりの上」を歩き回る。
その水たまり上で「お香」をたいていた。
その3
その水たまりが消えて、ビー玉?が敷き詰められた空間にいつのまにか変わっていた。
脱いだ服がすーっと、舞台から消えていくうちに、水たまりが消えて、そのビー玉?ガラスの球の床に変わっていた。
その4
中谷美紀が舞台で服を脱いで、着物を着た。
その5
役者は2人。一人はしゃべり通し、一人は台詞ゼロ。




2011年10月9日(日)
新国立劇場・小劇場
「朱雀家の滅亡」


新国立劇場小劇場で朱雀家の滅亡を観る。
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000435_play.html

今、芸術で「再生」「創造」というものを語らないでどうする!?という思いが強い中で、この3部作はなんとなく気になっていた。で、はるさんの日記を見てこれは観ておかないとということで慌ててチケットを手に入れた。

12:00~という結構無茶な開演時間。何か理由はあるんだろうけれど。
終演時間は午後3時頃みたいで、途中休憩のある芝居。

開演後あっという間に世界にひきこまれた。
前半の終了でなんか、ほとんど満足状態。
このまま帰りたいような充実感を味わう。

15分の休憩の後
後半・・・。

隣の席から鼾が聞こえる・・・。
なるほど、私も何回か気を失いつつあった。
後半は予想の範囲であって、でも、この話を聞かなければこの物語は終わらない。

前半が終わった時点では今年の芝居No1と思ったのだけれど、後半を鑑賞するとベスト3という感じだった。後半は必要なのだけれど、あの芝居を休憩の後に見せられると私みたいな「演劇初心者」には辛い。前半と後半は逆に演ずることはできないのはわかるけど、なんかもったいない。

で、思い出したことがある。
母方の曾祖父にちょっと変わった人がいたことを何回か聴いたことがある。
明治維新の頃なんだろうけど、村からフラリと渡米して(渡米した人は隣人と二人いたそうな・・・)10年くらいして故郷に帰るときに、その曾祖父は田畑だかを売ってもらってそのお金で帰国した。いわゆる寝所をつぶしたのが曾祖父。その隣人は、自力で帰ってきて「これが俺の稼いだ金だ」って稼いだお金を瓶に入れたのを家に置いたら家の床が抜けた。稼いだ金で家を潰した。っていう逸話がその集落にできたって話を聞いたことがある。
その曾祖父は、その後かなり後に、大金持ちの、大女を嫁に貰ったその代わりに、商船会社の社長になって、あれこれして・・・。
その曾祖父と私が似ているとか似ていないとか、何度か聴いたことがあるのだけれど、言いたいことが、

「何もやらずに一生を終える」

こういう人生に興味がある。
もちろん、何もやらないということではなくて、
ある側面からすると何もやっていないと一緒。
陰ながらお慕い申すとか、陰ながらお支えするとか、遠くからお見守りするとか、
そういうことってのがこの世には案外あるのか、ないのか、
いや、
「すでに滅亡しているのだから」
そういうことなのかもしれない。

滅びゆくものに託した美意識
イロアセル
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000436_play.html
天守物語
http://www.nntt.jac.go.jp/play/tenshu/
この二つも必見な気がしてきた。
まさか、今更滅び行くものの美学を学ぼうとは思わなかったのだけど、今、これは知っておく必要があるかもしれない。

2011年10月23日(日)
新国立劇場・小劇場
「イロアセル」

今年最高傑作の一つであると思う。
最高傑作が最近は増えているけど、
このシリーズ「【美×劇】―滅びゆくものに託した美意識―(「朱雀家の滅亡」「イロアセル」「天守物語」)」
期待以上のいいシリーズだったと
http://www.nntt.jac.go.jp/play/pdf/20000436.pdf
倉持裕の脚本は見事だったけど、演出も見事だった。役者陣もずいぶんといい感じで。

天守物語が楽しみだ。

終わって、アフタートークがあった。
中井美穂、倉持裕、鵜山仁、藤井隆、芸術監督の宮田慶子が初だけ参加。
フツウ、アフタートークは台無しになることが多いけれど、
今回は作品の謎がいろいろわかって楽しかった。

2011年10月29日(土)
CBGK
「入江雅人グレート一人芝居 my greatest hits」
今年最高傑作の一つであると思う。
CBGKシブゲキ!!
昔映画館だったところが劇場になっている。
「奥様おしりをどうぞ」の凱旋公演がたしかここであったような。
第4回プロペラ犬公演もここである。
渋谷に新しい劇場が登場したということは、やっぱり空前の「小劇場ブーム」は健在なんだと感じた。
http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2011/07/27_03.php

「入江雅人」
この名前は、そう、その奥様おしりをどうぞにも出ていたし、プロペラ犬旗揚げ公演の演出を担当していた筈で、何回かその影を知ってはいた。

入り口でスタッフに緊張が走っていた。
別に私が来たからではなくて、どうも、誰かが来たかららしい。
水野美紀が帽子を深くかぶって立っていた。

会場は200人くらいの映画館らしい「ふかふかソファ」芝居は堅い椅子じゃないと寝ちゃうからとか重いながら、椅子には手すりがないことに気がついたけど、ま、だからどうしたってことで、私は前から3列目、水野美紀は最後列に座っていた。

開幕
「楽屋」
舞台上には控え室があり、そこで着替えをする。
(舞台上で着替えをするというと、中村ゆうじ、藤木勇人を思い出す)
大江健三郎からメールが来て、仲代達矢が電話がほしいという謎のシーンから始まる。
見ていないけど嫌いな映画は・・・
始まりは
「穴」
夫婦げんかから始まる「穴」に落ちる話。
見事なオチが待っていた。

続いて
「ヒーロー小話3つ」奇跡を呼ぶ男というようなタイトルだったかと。
おばあさんを交通量の多い路を渡らせてあげる話
トイレの便器になる話
飛行機に乗る話
ネガヒーローの演出に最適な人だと思った。

「詩の朗読」
詩の中に詩があって、熱いメッセージ、シャウトへと。

「uncleおじさん」
藤木勇人の一人芝居を見ているような気分。
最後のオチがまた見事だった。
九州の方言のうまさに感嘆。って、単に出身ってことなんだろうけど。

「誕生日に集まって呑もう」タイトルは500だったと思う。
政党立ち上げた後日談もぜひみたい。

「メカカ」
これやりたかったんだろうな。
ガンダム知らないんで、よくわからないんだけど、
一生懸命やっている様がなんともおもしろい。

「橋本茂の一生」
ガープの世界を思い出した。
そういえば、中村ゆうじもこういう演目を持っていた。


舞台あいさつ
アンコール代わりに予告編2つ
「ゾンビの話」
「パペットの話」
てな話を覚えている。

どれもキャラクター設定が見事で、苦笑・失笑・嘲笑・爆笑・含み笑い・・いろいろな笑いが会場にあふれていた。

一人芝居というと、
古くは「マルセ太郎」
最近だと「パギやん」「藤木勇人」なんかを思い出す。
その域まで達する人なのか、単なる変態なのか、次回が楽しみだ。

ちなみに、舞台で繰り返し「好きな映画」として揚げていたのは
「キック・アス」
http://www.kick-ass.jp/index.html

10月30日(日)
東京グローブ座
「ラブリーベイベー」
http://www.tglobe.net/lineup/lovelybaby.html
この芝居を何で見に行ったかというと、多分、作・演出:河西裕介というところであったはず。国分寺大人倶楽部に興味がありながら観るチャンスがなかった。
で、グローブ座に出かけることにした。
案の定、グローブ座というか、新大久保は「韓流好き」の聖地であり、「ジャニーズファン」の聖地でもあるわけで、とても異様な雰囲気のエリアとなっている。

芝居は「意外なまでの」物語だった。
男女7人の恋愛ドラマではあるのだけれど、相手は皆、同姓に対しての思いであり、
2010年と2011年の物語が交錯しながら進んでいく。

(多分)三宅健ファン、ジャニーズファンの方々には吃驚の芝居だったのではないか?とも思うけど、一方で、小劇場ファンなんかではテンポの遅さとか、曖昧な物語にちょっと消化不良になるのではないか?などと心配をしてしまった。

三宅健は(良くも悪くも)普通の役者であり
小島聖は私が今までみた舞台の中ではその魅力が100%出ていないような感じもする。
伊達暁はやっぱり阿佐ヶ谷スパイダース仕込みの演技力にちょっと他の役者と一歩違う感じがしたけど、知っているか知らないかの違いなのか?
吉本菜穂子は、本谷有希子なんかでおなじみの役者ではあるのだけれど、実は、私は(本谷ファンではあるけど)吉本菜穂子はあまり好きではない。というか、そう、そういう女の役を演じるのだから仕方ない。
菅原永二は、実は初めて見た「猫のホテル」で「イメチェン 復習するは我にあり」で女役をやっていた人みたいなんだけど、よくわからない。

男と男の愛について、女と女の愛、女と女の間によせる女の愛情とか、そういうことを2時間弱で描いているのはなかなか。
もっとも、本谷有希子のような「毒」はないとか、倉持裕のような突き落とされるような「悲劇」とか、ケラリーノサンドロビッチのような「感動の結末」とか、上田誠のような「ほのぼの感」とかはない。
多分、次回作にはどんな進化を見せるのか気になるそんな作品であったことは間違いなくて、小劇場で観たいそんな作品なんだとつくづく。

河西裕介を指名したジャニーズの勇気に感謝。


11月12日(土)
シアタークリエ
「ヴィラ・グランデ青山」

倉持裕・生瀬勝久という異色の組み合わせと思って買った。
http://www.tohostage.com/takenama/

竹中直人の生芝居ってのは過去に「竹中直人の会」なるものを観たことが2回あって、どちらもあまりピンとこなかった。今回は、竹中直人が生瀬勝久に声をかけて始まった企画らしい。
倉持裕らしい脚本なんだけど会場の「笑い所」がちょっと私とちがって、なんか没入できなかった。理由は何なんだかだんだんわかってきた。
やっぱり、生瀬勝久は流石で、山田優の舞台度胸もなかなかのもので、そこは堪能。
あと、舞台セットも流石。

ドイツ料理の店に入ったのは舞台の影響だと思う。

11月13日(日)
新国立劇場中ホール
「天守物語」

【美×劇】─滅びゆくものに託した美意識─�鶚
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000437_play.html

「天守物語」
http://www.nntt.jac.go.jp/play/tenshu/index.html
はるさんがいいと書いていたのを見て、あわてて買ったのが
【美×劇】─滅びゆくものに託した美意識―I
「朱雀家の滅亡」
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000435_play.html
http://www.nntt.jac.go.jp/play/pdf/20000435.pdf
確かに、これはすごい、痺れる芝居だった。
三島由紀夫の美学には「豊穣の海」以外はあまり賛成したくない私だけど、これはいい。なるほど。と思った。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1783630869&owner_id=14373

あわてて買い足したのが
【美×劇】─滅びゆくものに託した美意識─II
「イロアセル」
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000436_play.html
http://www.nntt.jac.go.jp/play/pdf/20000436.pdf
これまた、いやはや、すごかった。倉持裕の持ち味満載。
藤井隆が小林高鹿化してその不気味さが満載。
演出もなるほどと感心することしきりだった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1788454861&owner_id=14373

で、今回の「天守物語」を買うこととなった。
もともと、大きい劇場ってのはあまり好きではない。
というか、パルコ劇場が丁度良い私にとって、それ以上の劇場ってのはなんか違和感を持っている。
ともあれ、新国立劇場中劇場は「髑髏城の七人」を見た記念すべき劇場である。舞台奥から50メートルくらい役者が走って「舞台挨拶」をする様に感動したのは随分昔の話である。芝居を見るようになったきっかけはここだった。

「泉鏡花」
私にとってよくわからない作家だ。
ただ、わかることは、泉鏡花は近世から近代へうつりゆく日本に、近世の香りを残してくれた希有な作家であるということ。
今回の天守物語にもそういう趣向があることを密かに期待していた。

終演後に「バックステージ見学会」があって、20名限定の抽選にあたった。
舞台監督が同行してのバックステージ見学。
堪能した。
白井晃が贅沢の限りを尽くした舞台装置を駆使した演出についても分かった。
もっとも、芝居そのものは分かったような分からなかったような。
謎が5つばかりあるけど、それは天守物語を読んで確認することとしたい。

新国立劇場の(というか芸術監督)の挑戦に拍手を送りたい気分。
しばらくは、新国立劇場主催企画は気にするようにしたいと思った。

11月19日(土)
本多劇場
「ノーアート・ノーライフ」

10年ぶりの再演らしいけど、10年前には芝居を見る習慣はなかった。
http://www.cubeinc.co.jp/stage/info/nylon37th.html
殆どの人は10年歳をとって再演を迎えたようで。

あいかわらず、ケラさんの芝居には「外れ」はない。
正直、男優だけの芝居では「色」がないんで耐えられないのではないか?などと思っていたけどそんなこともなく最後までしっかり見届けられた。

舞台設定がそんなことがあるのか?ありえるのか?
という不思議なバーからはじまり、バーで終わる。
前半と後半には2年間の隔たりがある。
後半は2時間後の顛末がある。
友人・親友
贋作
アートとは
詐欺とビジネス
・・・
いろいろなことを学ばせてくれた。
三宅弘城と大蔵孝二という二大ぼけ役者を配した舞台は、やっぱり楽しかった。

とはいえ、実は、困ったこともあって、
笑い転げるような面白いシーンも沢山あったけど、
(私にとっては)笑い所ではないシーンで笑いが出る。
内容を理解できていないんじゃないか?ということになってしまう。

エンディングのところは、国民の映画を思い出させる(こっちが前なんでしょうけど)。暗転が沢山あって、舞台ががらがら変わるのもそれはそれでいいんだけど、やっぱりこういう1つのセットで演じきるってのは、舞台セットを使い切ってもらったという感じで、なんか嬉しい。

そうなると、舞台のどこかが変化があって、そこで時間の推移を感じさせる。という工夫があるのだろうけれど、大倉孝二の頭を使ってのその妙技に感心した。そして、舞台中央の壁面の3形態にもなるほどである。

PPPPのプログラムで「シェークスピアの芝居は自分たちの1000倍とか上演されているけど、シェークスピアが俺の作品より1000倍優れているというわけではないだろう」というようなことを、倉持裕との対談で書いていたのを思い出した。
妻は、「この作品はこのメンバーじゃないと成り立たない」と言っていたが、「役者が変わればそれなりに芝居になるでしょう」というのが私の意見。実際2001年には準劇団員によるanotherバージョンを3日だけやったとのこと・・・。
確かになぁ。見てみたいような。
そう。
髑髏城の七人ってそれやっているんだ。
私が見たのは赤髑髏・青髑髏・若髑髏だけだけど。
って、歌舞伎みたいな見方をしたいわけではないが、やっぱりそういうことになってしまうようだ。

11月20日(日)
青山円形劇場
「太陽」

前からイキウメなるチラシはよく見たけど見る機会はなかった。
それが、現代能楽集Ⅵ 『奇ッ怪 其ノ弐』を見てあわてて買ったのがこのチケット。
作・演出の前川知大に興味が沸いたから。
http://www.ikiume.jp/index.html

設定・物語の進行共に堪能できた。
この圧倒的な物語にはちょっと参った。

一つだけ不満があるとすると、キュリオとノクスの設定はいいんだけど、生田結が堀北真希だったら・・・。というのは無茶な注文なんだろうか。プログラムのキャストにある「加茂杏子」はいい感じなんだけど、舞台にいる加茂杏子もいい素材感は出してくれている。けど、あの変身ぶりには「がっかり感」があった。
多分、他の役者さんは絶妙なものだったと思う。ノクスになった医者がミスタースポックみたいなものもいいし、森繁役の人が、はんにゃの金田に似ているなぁとか、そんなこと気にしているうちにどんどん物語は進んでいた。

次回作が楽しみ。

11月27日(日)
シアターグリーン
「muro式.5」

ショートストーリーpムニバス「+」タス―足しましょう、―
5回目のムロツヨシの舞台

ムロツヨシを初めて見たのは映画「サマータイムマシンブルース」で。
てっきり「ヨーロッパ企画」の劇団員だと思っていた。
よくよく見てみるとどうやら関係ないってことがわかってきて、よく見てみるとあちこちにちょこちょこ出ていた。で、「ASH&D」に所属していることも分かった。シティボーイズライブにも出演していた。
muro式.1は
オリックスの清原が1軍に復帰する試合を見に大阪に行ってしまって、見逃した。(チケットは知人に譲ってしまった)。2以降は見ている。
1.3.5には
本多力・永野宗典が定番として登場することになっているようで、3回目の登場ということになっているようだ。

3回目から本多・永野も脚本を書くようになっていて、それぞれの世界観を舞台で見せてくれてそれなりに楽しい。

muro式.4では「黒船」の話(死んだ飼い犬が現世に戻ってきた話)にはかなり泣かされた。今回も、実はそんな期待があった。
第1話「神と神々」
死神+スサノオノミコト+大黒による天照大神を呼び出す話・・・。ちょっと面白い話ではあるんだけど眠くなってしまった。
第二話「三角関係」
永野宗典の不条理劇場爆発って感じでよかった・・・。
「自己愛だけが我が身を助ける」みたいな言葉が心にグサリと刺さる。
第三話「竹取物語」
オチが分かるだけにいい感じに・・・そしてその期待を裏切るおもしろさが。さすがムロツヨシ。

12月3日(土)
ザムザ阿佐ヶ谷

「二手目8七飛車成り戦法」

劇団鋼鉄村松という不思議な名前の劇団の芝居を見に行った。
こりっち舞台芸術の手塚さんにお誘いいただいての観劇となった。
http://engeki.juno.bindsite.jp/muramatsu/
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/

基本的に芝居を見に行くのは「女優」目当てということで、「脚本家」「劇団」が気になって行くことがまれにある程度の私にとって、このお誘いで見に行くこと自体かなり異例ではある。

初めてのザムザ阿佐ヶ谷、まさかここに劇場があるとは思わなかった。
劇場はかなりいい雰囲気。満員ってことで熱気もすごいものがある。
なんか一部に不思議な気配があったのは後ほど理由が分かった。

満員に座席を埋めるためにあれこれ整理をしているうちに、すでに舞台では芝居が始まっていた。

なるほど、開演前に手塚さんにご挨拶したときに「学園祭ノリみたいな芝居ですけど、ま、ごらんください」みたいな感じで手塚さんが言われている理由はなるほどわかった。
舞台役者全員が「斉唱」のように台詞を言うシーンは爽快でもあり、異様でもあり、個々の役者の台詞があまり綺麗なことばになっていないようでもあり、その荒削りさが魅力なんだろうなと思ったり、声が腹から出ていないことで怒鳴り声になったり、かすれ声になったり、狭い箱の割に声の通りがよくない感じも、一生懸命台詞回しを聴こうと客が必死になるんでいいのかとか、台詞のとちりはま、ご愛敬。あまり気になるもんではない。

あの密閉された空間に2時間というのはちょっと長い気はするけど、案外あっという間の2時間であった。
テーマは王道名人とおもしろ将棋七段の生き様、その周辺の人たちの生き様、プロへの壁、将棋界の課題(資金問題、ルールの進化、計算機との対決・・・)、男と女の話。
将棋ってのは大きなドラマはあるような、ないような。将棋のルールは分かっているけど、戦法とか、プロ将棋の世界が何かは分からない、そのことは芝居の理解にあまり関係ないような感じはした。

芝居が終わってからは「アフタートーク」
毎回実施していて、毎回ゲストが変わったようだ。
土曜日夜の回は、棋譜の指導をしたプロ棋士が登場。
実は、登場している二人は劇団の人なんだとは思うけど、誰なんだかよくわからない。そこで思い出したことが二つあった。
シティボーイズのライブで、3年くらい前だったかに、大竹まことが「新しい人が来なくなったら舞台はやめる」ということを言っていた。先日のムロツヨシの舞台では、3回目の登場の「永野宗典」「本多力」を舞台終了後に丁寧に紹介していた。もちろん、自分大好きなムロツヨシは自分のこともちゃんと自己紹介していて・・・。

小劇場では舞台挨拶をしないというのは、劇場の外で見送りをするってことが恒例だってのを知らなかった私は、以前、ずいぶん失礼なことをしたことがあったんだけど、やっぱり、覚えられないかもしれないけど、舞台でせめて客演の役者さんだけでも紹介してほしい気はした。というか、どこまでが劇団員で、レギュラー役者なのか、コピープログラムを見る限りは読み解けなかった(これは次回見るかどうかの判断に大きく左右されると思うけどそんなことないのかな)。

しかし、この劇団は不思議だ。
役者全員、苗字が「村松」なのか?
あるいみ画期的だ。

12月10日(土)
神奈川芸術劇場
「ロッキー・ホラー・ショー」


http://www.parco-play.com/web/play/RHS/
この名前は何百回聞いたことだろうか、ただ、その映画もミュージカルも見たことはなかった。
「いのうえひでのり」演出による舞台が始まった。

会場の作りは、お金かかっているのかかかっていないのかわからない、
CGによる背景作り、大道具があいまって、
ロックバンドの生演奏。

全編ロックのオンパレードだ。

なるほど。これをバイブルと言うワケがなんとなくわかった。
会場は一部のノリノリにしようとする人と、静かな人があいまって、不思議な雰囲気だったけど、ロックコンサートノリでワイワイやるのが正しい鑑賞方法なんだと思う。ペンライトも持って行って「フリフリ」するのも正しい鑑賞方法なんだと思う。

開演前にはポップコーンを500円で買って「拍手」するのも正しい観客の姿だと思う。中休みにもオリジナルCDを2000円で買ってあげるべきだと思う。
カーテンコールでは「スタンディング」で迎えるべきなんだと思う。

確かに、楽しいし、ノリノリだし、熱いぜハマスタみたいにアツイ様は劇団鹿殺しにも負けない何かがあった。物語も、1970年代のものとしてはかなり秀逸な無茶苦茶さが感動すら覚えるものがある。

開演前に
「火気厳禁」「水」「米」「紙吹雪」禁止・・・米って?って思ったけど、そういうことか・・・。
http://www.parco-play.com/web/play/RHS/rules.html
その、神話の一つに「上映している映画の前で演じる」っていうのは見てみたかった。

12月11日(日)
本多劇場
「アイドルかくの如し」


日本のチェーホフといわれる?岩松了の芝居は何本か見たんだけど、その風貌とは違って小難しい感じのが多いような気がしていた。そんななかで「アイドル・・・」である。気になってついつい見てしまった。
http://www.morisk.com/plays/idol_index.html

宮藤官九郎が役者として出ているとか、
夏川結衣が出ているとか、
そんなことも気になった理由ではある。
そして、津田寛治も気になる役者ではある。

どう見ても普通じゃない。いわゆる狂気をはらんでいる役者にしか見えない。
その爆発を密かに期待していた。

2時間40分の長い芝居。
15分の休憩をはさんで前編・後編に分かれている。

なんか、弱小プロダクションのおもしろさがなんとなく舞台に醸し出されていた。
宮藤官九郎と伊勢志摩の不倫の感じとか、どうやら駅まで遠い不便なところにある事務所とか、なんでトイレがそうも汚れるのか・・・とか、あれ?この人生きているの?死んでいるの?みたいな人も出てきて。

なんとなく予想のつく話ではあるけど、
津田寛治の切れ方に好感が高まった。
あと、やっぱり夏川結衣は良い役者だと思う(好きってわけじゃないけど)。

なるほど、岩松ワールドってのはこれかと納得して、お通夜に向かうまでのひととき。

12月17日(土)
パルコ劇場
「90ミニッツ」

今年は本当に沢山の芝居を見た。
三谷幸喜(の作品)も沢山見た。
今年52本とか見ている勘定になるので、そのうちの1/13が三谷作品ってことになる。しかも映画もあるし、テレビドラマもある(テレビは2つとも見ていない)。
舞台は
「ろくでなし啄木」
「国民の映画」
「ベッジ・パードン」
そして
「90ミニッツ」
とつながった。

物語の秀逸さは「ろくでなし啄木」が群を抜いた出来だと思う。私は、中村勘太郎、吹石一恵に感動しつつ、藤原竜也というか、啄木の独白シーンにちょっとガッカリしたのを思い出した。あれは「藤原竜也」が悪いのではなく、啄木がそういうダメな奴ってことをうまく演じたってことなのかもしれないと、今思いかえしてみて、見方を変えることにした。
テーマの深さ、三谷幸喜流石・・・と思わせたのは「国民の映画」。なんといってもこの芝居の主役は「小林隆」であることは間違いなく、その舞台を用意した三谷幸喜の心意気に涙した。いや、物語がなんとも素晴らしい。この舞台は8枚のチケットを買ってしまう異常事態となって、色々な方にチケットをお譲りした。楽しんでいただけたのではないかと思う。で、この芝居は「3.11」を挟んで上演された芝居であり、芝居のあり方を、観客も脚本家も役者も考え直さないといけないそんな時代にあった。もちろん、テーマが時代を超えたものであるのだけれど。そんな壮大なテーマを扱うようになった三谷幸喜に感動したものだった。
「ベッジ・パードン」は、そっか、「道」なんだ・・・ということに今気がついた。
いや、そのまんまではないんだけど、あの終わり方。何か既視感があったのはそういうことだったんだ。前日に「モーリー・スウィーニ」を見てしまったため、あまり感動は高まらなかった。でも、コンフィダント同様、こういうの結構、上手なんだ、さすがだなぁと思っていた。
そして、
90分の実時間劇・2人の役者による密室劇。
三谷幸喜の最も得意とする舞台なのではないかと期待は膨らんだ。

舞台は椅子と机と中央にしたたりおちる水
見事な舞台装置。

90分という時間はあっという間だった。

実は、途中の駆け引きは、時間が刻々と迫っているという緊迫感が抜けてしまっているようで、ちょっとガッカリ。それは何なのかはまだよくわからない。
で、エンディング、3秒間の話には「流石・・」と唸ってしまった。

実は、このタイトルは「3秒間」だったわけで。

一晩たって、ガッカリは嘘で、やっぱりよかったかな。

もっとも、舞台には女優目当てで行く私にとっては男優2人というのはいただけない(笑)
でも、なんだろう、西村雅彦と相島一之では、相島一之をいいと思う私は、芝居に何を求めているのだろう、役者に何を期待しているのだろう、ということが段々分かってきたような気がする。

12月18日(日)
駅前劇場
「タッパー!男の器」

動物電気を知ったのは「劇団鹿殺し」で。
政岡泰志なる怪優が動物電気の役者というより、主催者・脚本・演出をこなす者だということを知ったのは今年になってからだ。こんな怪優がいる小劇場というのは何か奥があるのではないかという疑惑を持って、はせ参ずることにした。
見てみて気がついたことは、
小劇場は難しい。
劇団鹿殺し・ヨーロッパ企画・PPPP・・・こういう劇団ってのは初めから小劇場を飛び出すエネルギーがあったのか、バランスがあったのか?一方で、「国道五八号線線」「青年団の『革命日記』」「劇団鋼鉄村松」とかはやっぱり「小劇場を飛び出すエネルギーが足りない」感じがしてしまう。
それは一人の看板役者と、天才脚本家によって舞台が救われるという事実もありながら、「サボテン・電信柱」といった役であったとしてもそこに必然があり、舞台進行を妨げない巧さが必要なのであろう。その技を舞台全体にちりばめられているのかどうかが舞台の広さなのかなど感じるようになってきた。


12月23日(金)
雑遊
「路上3.11」


観に行った理由は3つ。

1.出演者の小林勝也を「天守物語」で見て。
2.会場は「SPACE雑遊」。
  確率論で見てびっくりした空間だった。
  池林坊のオーナーの持つスペース。
3.山崎美貴という名前を見かけたから。

3.11をテーマにした初の芝居を見た。
1時間という短時間だけど、とてつもない長い時間であるような、
深いような、モノタリナイような、
とても感想を書けるようなものではなかった。

山崎美貴を見て妻は一言、
「化粧の上からも美人だってわかった」
ということで、
ちょっと満足。
帰りには「池林坊」で一杯。
生「椎名誠」をみかけた。
満足。

結論
今年見た演劇本数は54本ということになる。

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© TATSUO OWADA 2011